複雑・ファジー小説
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.77 )
- 日時: 2012/06/10 14:46
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
- 参照: 食後のロシアン・ティーでございます。それでは、ごゆるりと。
『雨がふったら』
その日は、ゆるやかな風がさわさわと木の葉を揺らしていた。
ぼくはばあちゃんとふたり縁側に座って、今日あった出来事をぽつぽつとお話ししていた。朝少し寝坊をしてしまってあわてて家を出たこと。算数の時間にみんなの前で問題をといてまるをもらえたこと。お昼休みにクラスメートのひろきくんとケンカをしてしまったこと。……まだちょっと怒っているけれど、やっぱり明日には仲直りしたいこと。ばあちゃんの膝の上に座って、投げ出した足をぷらぷらと振りながら、たくさんお話ししてあげた。ばあちゃんは目を細めてうなずきながら、うん、うんと相槌をうっていた。ばあちゃんはたぶんそうやってうん、うんって言いながら、風の音を聞いていた。土のにおいを、花の香りをかいでいた。ばあちゃんは“そういうもの”が好きだった。“そういうもの”が好きなばあちゃんを、ぼくも好きだった。
縁側とつながっている畳の部屋には、ぴかぴかの黒いランドセルが転がっている。その部屋は電気が消えていたから少し薄暗かったけれど、ぼくたちがいるところは空からの白い光に照らされて、ちょっとまぶしいくらいに明るかった。風の音にまぎれてチチッて、鳥のさえずりが聞こえた。
それでね、明日ね。そう言ってすぐ後ろのばあちゃんの顔を振り返ると、ばあちゃんが「あれまぁ」と言って細めていた目を少しだけ開けた。おばあちゃんの目は、ぼくの顔よりだいぶ上に向けられている。ぼくのおなかにまわされているしわしわの腕に、ちょっとだけ力がこもった。
「おてんとさまに暈(かさ)がかかっているねぇ」
ぼくが丸く口を開けてばあちゃんの顔を見上げると、ばあちゃんはにっこり笑って空を指さした。その先にはさわやかな水色が一面に広がっていて、その中を泳ぐように薄い綿みたいな雲が浮かんでいて、それで、真っ白なおてんとさまの周りにはまぁるい虹がかかっていた。おてんとさまを囲んでるみたいな虹だった。
「ばあちゃん、虹っ。雨ふってないのに虹!」
ぼくがばあちゃんの膝を飛びおりて虹を指さすと、ばあちゃんはまたにっこりと笑った。
「虹みたいだけど虹じゃあないからねぇ。おてんとさまに暈がかかってるってことは、明日ごろには雨がふるかもしれないよ」
虹(らしきもの)を見れたことがうれしくてその場でぴょんぴょん飛びはねていたぼくは、おばあちゃんの言葉を聞いて一気に元気がしぼんでしまった。——だって、明日は、
「遠足があるんだよ!?」
ぼくはそう叫んでばあちゃんの膝に手をついた。ばあちゃんは「あらまぁ」と言って悲しそうな顔をした。それを見たらなぜだか涙があふれてきた。
「いやだよ! やーだやーだやーだ!」
ばあちゃんの膝をたたきながらそう叫んだらもっと悲しくなって、涙も止まらなくなってしまった。ぼくは声をあげて泣きながら、ばあちゃんの膝をたたきながら、おてんとさまの虹をうらんだ。最初はやだやだって、遠足いくのって叫んでいたはずなのに、途中からもう自分でも何を言っているのか全然わからなくなった。のどがひりひりして苦しくて、それがつらくてもっと泣いた。
しばらくすると、ここにおいでとばあちゃんが自分の膝をたたいたので、ぼくはしゃくりあげながらそこに座った。そうしてばあちゃんの顔を見上げると、ばあちゃんはやっぱりにっこりと笑っている。鼻をすすりながら涙をぬぐっていると、淡い風が頬をなでていった。ばあちゃんも、やさしくぼくの頭をなでてくれた。
ぼくはくちびるをとがらせて、ばあちゃんに聞いた。
「なんであんなにきれいなのに雨になっちゃうの?」
ばあちゃんはぼくの頭をなでながら、空を見上げて言った。
「いいことばっかりは続かないからだよ」
予想外な、ふしぎな言葉を聞いた気がして、ぼくは目をぱちくりさせて首をかしげた。そしたらばあちゃんは、今度はぼくの目を見てやさしい声で言った。
「いやなことばっかりも、続かないけどねぇ」
ぼくがただじっとばあちゃんの目を見つめていると、ばあちゃんは「まだよくわからないかな」と言って声に出して笑った。ぼくの涙は、いつのまにか乾いていた。
もう一度空を見上げてみる。おてんとさまの周りには、あいかわらずきれいな虹の輪っかがかかっている。
——おてんとさまに暈がかかったら、雨
……雨がふったら、もいちど晴れ。