複雑・ファジー小説

Re: 小説家の苦悩 ( No.1 )
日時: 2012/02/26 14:40
名前: 桐島未来 ◆3LVoLteNYg (ID: 5bYoqzku)

苦悩1【世界観、劣等感】

「そうっしんっ!」

 声変わりがまだきていない透き通ったアルトボイスが室内で響く。声の主は、この家の住人である佐々木黒(ささき くろ)。黒が行っていたのはメールでもなくチャットでもなければ、掲示板でのレス残しでもなかった。ただ只管に4500字程度の小説を書いていたのだ。黒は【小説家育成サイト】という名前のサイトで日々小説を書き続けている。
 黒が小説に目覚めたのは小学一年生のとき、父親が読んでいた“リアル鬼ごっこ”を兄の雄大(ゆうだい)に読み聞かせてもらったのが始まりだ。ただ小学一年生の頃から小説を書いていたわけではなく、姉のみおかや母親に父親、家族で一番優しかった雄大にほぼ毎日小説を読み聞かせてもらったのが三年後の四年生まで。それから半年程度、黒は同学年の子以上のボキャブラリーを持っていることを『自分を頭よく見せたいだけだろ!』と友人らに冷やかされてから、小説と戯れるのを止めていた。
 けれどそこで父親が『最初から“頭よく見せようとしているだけ”などと断言する友人たちは切り捨てればいい。ただ、お前が強くならないと、お前が目指した作家のようになる事は出来ない。それでもいいのなら、黒。お前はこのまま悔やみ続けながら毎日を生きろ』と突き放したからこそ、現在黒はアマチュア作家の一人として小説を書き続けることが出来たのだろう。
 父親から言われたその言葉は一見してみるとただ子を突き放すためにし使われた言葉に思われるかもしれない。だが、黒は父の言葉をその様な風にとらえたりはしなかった。ライオンは愛するわが子を谷に突き落とし、自分の力で這い上がれと子供に言う。黒は父親も、ライオンの親のように自分の力で這い上がることを求めていたのだと感じたのだ。

「えーと、直人の小説直人の小説……っとー。あ、あったあった」

 サイトの目次ページに帰ってきた黒のパソコン。黒が開いた新しいページは【東雲晃良(しののめ あきら)】と名乗る作家のページだった。東雲の書いているものは裏社会がモチーフとなった小説で、物語の起伏が激しく臨場感あふれる作品だ。黒が書いている異世界能力物の小説とは世界観が異なる。黒が好きなのは勿論【能力物】だ。このサイトで閲覧してる小説はある一つを除いて全て能力物である。そのある一つは、この東雲晃良の作品【一丁の拳銃】という中学生には不釣合いなタイトルの作品だ。
 好みのジャンルではないのに黒が読み続けている理由は、初めて同級生で自分を馬鹿にせず且つ自分もそういう趣味があるから仲良くしようと言ってくれた唯一の友達でもあったから。小説初心者ではないと言っていたのは本当で、二人同時に書き始めて約二週間がたった現在、東雲晃良の参照数は10000を軽く超えていた。
 友人という立場から見れば黒はとても尊敬し、讃えてすらいただろうが好敵手として競っている今は何処か心に黒いものが生まれていた。

「相変わらずうまいなー……。俺の小説の比じゃないくらい読者さんもコメント数もあるし」

 丁度主人公たちが銃撃戦を行っているシーンに来たとき、無意識のうちに言葉が漏れる。音一つしない黒の部屋の中に、その声はむなしく溶け込んでいった。

「くーろー。クッキー焼いたけど食べるっ?」
「みっ、みおか姉ちゃん!? 入ってくるときはノックしてよ! ってか! なんでそんな格好してるの! 
 ちゃんと服着てからきてよ! 俺これでも思春期なんだぞっ!!」

 シスコンでもない黒は当たり前に叫ぶ。みおかはショーツ一枚で両手にチョコチップクッキーとバタークッキーの籠をもった状態で入ってきたのだ。これで叫ばない男子はいないだろう。いや、と黒は顔を赤くさせ俯いた状態で呟く。直人ならこの状況を喜ぶのだろう、と。

「暑いからいーじゃん。それに黒の呟きがビビッと私の頭に届いたんだもーん」

 えへっ、とウインクしながらみおかは言う。漫画だったらハートか星が飛んでいるのであろう。そんな冷めたことを考えていると、何時の間にか顔の熱さと赤みは引いていた。一息つき、冷めた視線を姉のみおかに向ける。黒は、超売れっ子携帯小説作家のみおかを尊敬している。女子中高生が支持が圧倒的に多い作品を書いている。しかもそれは、日常を題材にした恋愛小説なのだ。『読んだ女子たちが共感できる』というキャッチフレーズはあながち間違っていないんだろうなぁと黒は思った。

「実は、みおか姉ちゃんに聞いてもらいたいことがあるんだ」

 そう小さく言うとテーブルの正面に座っていたみおかにサイトのページを見せた。