複雑・ファジー小説

姫は勇者で魔法使い。 ( No.64 )
日時: 2012/08/13 12:28
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: CrVsa58M)
参照: オルドル「兄さんどこ行った(^ω^#)」な回。

「やっと着いたのじゃ!」

外交に関係することだから、と母上が妾達が乗る用にジェット機を手配してくれていたおかげで、思ったよりも早く着くことができた。
手配した、というか自家用のものらしいのだが、妾はこんな自家用ジェット機の存在を知らなかった。
正直、こんな空飛ぶ鉄の塊を買うお金があるのなら、クロヌ達の給金や年金に回す分を増やして欲しい。

「ミコガミ、クロヌ、どっちに向かって歩けば良いのじゃ?」

妾よりも先に降りた腹心の護衛二人に尋ねる。
いつもなら、もう一人執事がいるのだが、生憎今回の任務について来させることは出来なかった。

「分からん」
「とりあえず、東に向かえばいいんじゃないか?」

間髪入れずに「分からない」と答えたクロヌに苦笑しつつ、地図を広げたミコガミがだいたいの方角を示す。
クロヌは方向音痴気味なところがあるから、元よりあまり当てにはしていなかったが、迷子になった時、どうするつもりなのか凄い心配だ。

—*—*—*—*—*—

「おい、どうした? 大丈夫か!?」

ぐらつく視界に黒い軍服に黒い眼帯で覆われた左目、それから反対側の赤い目、短めに切られた髪が断片的に飛び込んでくる。
見知らぬ人なのだが、僕の身体を軽く揺すり、呼びかけてきている。

持病があるのか、など色々なことを聞いてくるが、今の僕にはそれを返す心の余地が無い。

心臓が異常な早さで拍を刻む。
なのに、心臓を動かさまいと胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
恋心みたいに優しい締め付けではなく、物理的に、まるで蛇にでも締め付けられているかのような痛みが襲い来る。

自然と呼吸も過呼吸気味になり、心的な余地どころか、そもそも言葉を発することさえも難しくなる。

「………ここッ、…………どッ」

此処がどこなのかを尋ねようにも、やはり呂律は回らず、自分でも何を言っているのかが全く分からない。

相手もやはり僕が何を言っているか分からないらしく、首を傾げている。
しかし、相手は何を思ったのか、僕を背負って、前へと歩き出す。

「悪いな、俺にはお前が何を言ってるのかは分からない」

僕を乗せた見ず知らずの背中はそう言った。

「医者に診せてやるから、それで堪忍してくれ」

—*—*—*—*—*—

「はい、フランシス様、あーんしてください」

毛先に少し癖があるピンク色の長い髪に赤い目、ミニスカートに改造されたワイン色のドレスを着た20歳程度に見える女性が、スプーンにドリアをすくう。
前髪は真ん中で分けられ、肩につきそうでつかない長さの黒髪、黒く長いマント、と全身黒っぽく統一されているせいか白い肌よりいっそう白く際立つ。
少し瞳孔が開き気味の切れ長の灼眼は、その白い肌に引き立てられ、まるでルビーのように見える。

男性はベッドから上半身だけ起こし、スプーンに口を付ける。
あまり美味しくなかったようで、端正な顔を歪めた。

「おい、そこの雌豚」
「……わたしですか?」

フランシスの呼び声に反応して、周りを見回し、自分しかいないことを確認したドレス姿の女性が自らを指差し確認する。

フランシスはそれに答えずに、ドレス姿の女性の頭をひっつかみ、強引に唇を重ねた。

「よくこんなゴミを俺に食わせる気になったな。 責任取って、お前が全部食えよ」

ドレス姿の女性に口移しでドリアを食わせたフランシスが顔をしかめたまま、そう吐き捨てた。

ドレス姿の女性は両手で口を覆って、口移しで与えられた必死にドリアを飲み込もうとするも、耐えきれず嗚咽と共に床に吐き出す。

「…………」
「ッ……」

フランシスは無言でドレス姿の女性の背中に思い切りかかと落としをいれ、女性がいるのとは逆方向からベッドを降りる。
女性は背中に走った激痛に耐えられなかったようで、その場にうずくまる。

そんな女性を傍目に、フランシスは執事とメイドを二人呼び出し、「片付けろ」とだけ言い残して、部屋から出ようとすると執事の一人に呼び止められた。

「フランシス様、私共には口移しで食べさせてはくれないのですか……?」

執事は童顔で幼い見た目なのを最大限に活用して上目遣い気味に尋ねるも、フランシスから見れば、男の上目遣いなど気持ち悪いだけだったようで、無言でスルーされてしまった。
その反応を見た残りの三人が残念そうな表情をする。

しかし、すぐさま主人であるフランシスの命令を実行すべく、各自テキパキと働きだす。
ただ一人、うずくまって震えている一人を除いてだが。