複雑・ファジー小説

姫は勇者で魔法使い。 ( No.67 )
日時: 2012/08/27 10:56
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: wzYqlfBg)
参照: オルドル「兄さん、ドコー(´;ω;`)」な回。

「……美味しい」

見知らぬ軍服の人が運んでくれたらしい場所は豪華な別荘で、どこからどうみても医療施設ではなかった。
でも、よく考えてみれば「医者に診せる」と言っていただけで、病院に連れて行くとは一言も言ってなかった気がする。

現に的確に処置してくれたようで、だいぶ楽になったし、美味しいご飯までいただいてしまった。
オルドルが作ってくれるものとは違い、卵でとじてあるお粥なのだが、卵一つでここまで変わるものなのか、と食べた瞬間に驚いてしまった。

オルドルのも美味しいには美味しいのだが、ここ五年くらい何ものっていないお粥くらいしか食べていないから、飽きが来てしまう。
極稀にほぐした焼き鮭がのったものも出てくるが、焼き鮭自体がおかずに出てくることも少なくないから、鮭がのっていてもあまり新鮮味はない。

「兄様が作ったものなんだ。 不味いわけが無い」

僕が寝かされているベッドの近くの椅子に足を組んで座っている軍服姿の人が平坦なのに、何故か自信を感じさせるような不思議な声で答えた。
この人には兄がいるようだが、その人は弟に迷惑をかけているだけの僕とは違って、立派なよくできた人のようだ。

研究所の事故の後、僕はロクに動けなくなり、「迷惑しかかけられないなら」、と自殺も考えたが、オルドルに止められてしまった。
僕が自ら命を絶とうとして、身近にある鋭い刃物——包丁を手首にあてたのをオルドルに見つかってしまった時は、オルドルに泣きながら止められた。
僕は生きていても死のうとしても、なににしろオルドルを傷つけることしか出来ていない。

「あの……ちょっと人を探してるんですが……」

お粥を食べる手を一度止めて、軍服姿の人に問いかけてみる。
勝手に家を出てきてしまったからオルドルには悪いが、ここまで来たからにはなんとかして合流したい。

「サフィール・アミュレット——エキャルラット王国の第一王女がどこにいるか知りませんか?」

—*—*—*—*—*—

「へきしっ!」

岡崎枢が住んでいるという辺鄙へんぴな森のような場所へ向かうために、街中を歩いていると突然くしゃみが出た。
まさかとは思うが、「約束通り」出かけようとしたところ、オルドルに泣きながら止められたために渋々置いてきたリヤン殿達が妾達の噂話をしているのではないだろうか。

「前から思ってたんだけど、姫のくしゃみおかしくないか?」

その辺の屋台で買ったパリパリチーズスティックなるお菓子を食べているミコガミが問いかけた。
視線が妾の方ではなく、お菓子が入っている紙コップに向いている辺りに悪意を感じる。

「そうか?」

さりげなくミコガミのお菓子を二本かすめ取ったクロヌが妾に代わってそう答えた。
一本は既にクロヌの胃袋に収まっているのだが、残りのもう一本を妾の前に差し出してくれた。
ありがたく受け取ろうと手を伸ばすと、スッとクロヌが手を引き、自らの口に運びかじりつく。

「どうした?」

あからさまに悪そうなクロヌの表情は彼が確信犯であるということを物語っている。

「『どうした?』じゃないのじゃ! 妾の分は!?」

妾だってミコガミがそれを買った時に自分の分を購入しようかと思ったくらい食べたかったのに、クロヌとミコガミが「分ければいい」というから我慢したのに、妾の分が無いというのはどういうことだ。
さっきクロヌが取った時に見た限りでは、残っていたのはあの二本だけだった。

「女っていうのは高カロリーなものが嫌いなんだろ?」

これ見よがしにポリポリとお菓子を食べているクロヌがそう言った。
隣でミコガミもさりげなく頷いている。

「カロリーよりも空気や気持ちを察せない奴の方が嫌いじゃ!」

妾の回答を聞いたミコガミが可哀想なものを見る目で、自分がかじっていた分を半分に折り、口をつけていない方を差し出す。
またいたずらのつもりなのだろうが、引っ込められる前に取れば、妾の勝ちだ。

「痛い痛い!! 盗らないから! 大丈夫だから!」

思い切り彼の手首を掴んだ瞬間、彼が悲鳴をあげる。
どうやら妾が思っていたよりも、だいぶ力をいれてしまっていたらしい。

ミコガミがらぶんどったチーズスティックをかじってみると、予想を遙かに上回る美味しさだった。
キツネ色に焼かれたパリパリのワンタンを口の中でかじった瞬間に、カリッとしたワンタンの食感と中に入っているトロトロのチーズがほどける。
本当に焼きたての状態だと舌を火傷するほどに熱いのだろうが、それもまた一興だろう。
まぁ、火傷はしないに越したことはないが。

「姫の機嫌も治ったことだし、行こうぜ」

ミコガミがチーズスティックが入っていた紙コップを近くのゴミ箱に捨ててから、そう言った。
どうやら、彼らは一つ勘違いをしているようだ。

「妾の機嫌は治っておらぬ! クロヌとミコガミが妾より多く食べているのが気に食わぬ!」
「そうか。 俺達は先に行く」

妾渾身のねだりをあっさりと突き返したクロヌが立ち上がり、スタスタと歩き出す。
一瞬逡巡していたミコガミもすぐに立ち上がり、クロヌについていく。

…………。

「待つのじゃ! お菓子はいらないから、置いていかないで欲しいのじゃ!」