複雑・ファジー小説

姫は勇者で魔法使い。 ( No.71 )
日時: 2012/09/12 22:25
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: rc1iwi.s)
参照: 〆切ラッシュで多忙なう(´;ω;`)

「迷惑をかけないように妾も歩くのじゃ!」

クロヌとミコガミにそう宣言する。
戦闘時に足手まといになるのは避けられないが、ただ歩くだけならクロヌはだいぶ楽になるはずだ。

「なんというか……十分後には『疲れたのじゃー、クロヌ、妾をおぶるがよい』って言ってる姫の姿が容易に想像出来るんだが……」
「奇遇だな、俺も同じことを考えていた」

自分で言うのもなんだが、妾自身でもその姿が容易に想像できる。
だから、返事の代わりに二人から目を背けておく。
しかし、目をそらしてもなお、二人の視線が突き刺さる。

「姫が有言実行するに五デクラン」

ミコガミがクロヌにそう言った。
デクランという国は既に無いが、そこの通貨については少し聞いたことがある。

妾の理解力ではいまいち分からなかったのだが、要するに価値が暴落したがために紙切れ同然になってしまったお金だったはずだ。
近年はそんなに暴落したものはないが、ハイパーインフレーションの恐怖を伝える教訓として、教科書に載っている。

「分かった」

そう言ってクロヌが財布の中から取り出した一円をミコガミに渡す。

「いくら安いからといって、やる前から渡すとはどういうことじゃ!!」

クロヌの腹に本気で拳の一撃をいれる。
……妾の拳の方が砕け散りそうだ。

「なんじゃ、汝! 腹に鉄板でも仕込んであるのか!」

人のことを殴った挙げ句、右手を抑えてゴロゴロと転がり始めた我ながら不審者以外の何者でもない妾を起こし、背中についた土やら葉っぱやらを軽くはたいて落としながらクロヌが鼻で笑った。
皇族であり主である妾に対して、なんという奴だ。

母上の従者たちのように余所余所しくはされたくないし、別に怒っているというわけではないのだが、少し解せない。

「姫の貧弱な拳で殴ったら、そうなるに決まってるぜ」

呆れた表情のミコガミがクロヌが払い忘れた妾の髪についていた緑色の葉っぱを取った。

これからは不用意に外で調子に乗って暴れないようにしよう。
服は汚れるし、拳は痛かったし良いことなしだ。

「汝ならクロヌにダメージを与えられるのか?」
「お前らは、一体何がしたいんだ」

ミコガミに興味本位で尋ねてみる。
クロヌの最もすぎるツッコミを聞き流して、ミコガミの方を見る。

「出来るぜ! ちゃんと見てろよ」
「ちゃんと見てるのじゃ!」

にかっと笑って妾に敬礼をしたミコガミを真似て、敬礼をして答える。

クロヌの方に向き直ったミコガミが彼の腹を突き上げるべく、アッパーに近い形で拳を打つ。
クロヌも妾のへなちょこパンチとは違うことがよく分かっているようで、重心を後ろに下げた左足の方にかけてミコガミの拳を紙一重でかわす。
そして、その勢いを利用し右足を振り上げ、ミコガミのアゴを突き上げる蹴りを放った。

もちろんそれはクリーンヒットをしたわけで、かなりの距離を吹っ飛んで倒れたミコガミの安否を確かめるべく、彼の元へ向かう。
クロヌも手加減しただろうし、ミコガミも頑丈だから見た目よりかは大した傷はしていないだろうが、心配だということには変わりない。
なんと言ってもクロヌが馬鹿力だということにも変わりないし。

ちなみに、デコピンでとんでもない激痛を味わった妾があの蹴りを喰らったら死ぬかもしれない。

「ミコガ……」

彼の名前を呼ぼうとすると、彼の右手の下の砂に「クロヌ」という文字がダイイングメッセージのように残されていた。
存外、余裕があるようだ。

「ほら、さっさと行くぞ」

クロヌがそう言って、彼がはいているブーツのつま先でミコガミのわき腹を軽く蹴った。
同時に、妾の耳にはメキッという骨が軋む音が聞こえたような気がした。

—*—*—*—*—*—

「うぅ……」
「な、泣かないで欲しいッス」

お母さん達に頼まれた買い物を済ませて家に帰ってくると、何故だか我が家の玄関先で燕尾服を着た大の男が体育座りでうずくまって泣いていた。
顔を見て、リヤンにぃの弟のオルドルさんだというのは分かったのだが、一体何がどうしたら我が家の前で泣き出すというシチュエーションに陥るのかは謎だ。

「兄さん……」

たまに何か言ったかと思えばリヤンにぃのことしか言わないし、何を言っても会話が成立しない。
困ったことに今はお母さんもおばあちゃんも桃々もももいない。
桃々に関しては、いたとしても頼りにはならないとは思うが。

「家出でもしちゃったんッスかね……」
「やだ、兄さんが家出するなら、僕も家出する」

姫様がいないせいかプライベートモードに入っているオルドルさんが駄々をこね始める。
そもそも、そんなことを私に言ったところでリヤンにぃの居場所が分かるわけじゃないということにはまだ気付いていないらしい。

「兄さんみたいな人が無防備に一人で歩いてたら、暗がりとかいかがわしい建物に連れ込まれて襲われちゃうよ……!!」

それに関しては、街中にオルドルさんがいない限り大丈夫だ、と喉まででかかった言葉を飲み込み、彼に真意が伝わることを願いつつ、笑顔を浮かべておこう。