複雑・ファジー小説

姫は勇者で魔法使い。 ( No.75 )
日時: 2012/10/28 11:35
名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: zist1zA5)

「なんじゃ、オルドルからか?」

携帯の電子画面をタッチして、携帯をしまったクロヌに問いかける。
時々漏れてくる向こう側の声と会話からオルドルとキョウコ殿と通話しているであろうことは予想できた。
しかし、さすがに会話すべてを聞き取れるほどの聴力は持ち合わせていない。
まぁ、持っていたとしても他の人の会話を理由もなく盗み聞きするのはモラルやマナー的にどうかと思うし、やらないと思う。

「あぁ。 しかも、緊急事態だ。リヤンがいなくなった」
「本当か?」
「こんな嘘をついてどうするんだ」

クロヌは無表情のまま嘘を吐くことが出来るから、念のために確認してみたのだが、やはり嘘ではないらしい。

前に言っていたリヤン殿の虚弱体質も本人が言っていた通りで、調べてみたら過去にリヤン殿が勤めていた研究所は当時所長であった男が起こした細菌テロが原因だったらしい。
その細菌自体は所長が研究していたものだったのだが、その助手の一人であったリヤン殿はその発生時にちょうどそれの保管場所にいたがために他の誰よりも多く細菌を体内に取り込んでしまった。
その事故での死者は五十余人。
逆に生き残ったのはその所長とリヤン殿とその時に出張等のために外出していた四人のみであった。

外へでていた四人中、二人はその所長の部下だったらしいのだが、そやつらは残念なことに交通事故と病気で既に亡くなっているため、所長がどんな性格だったかを正確に探ることはできない。

しかし、今の問題はそこではない。
いくらなんでも、そんなに都合よくそやつの部下だけがバタバタ死んでいくのはおかしい。

事故は二年前に起こったのだが、事故当初亡くなっていた人数はせいぜい十人程度であった。
その時点でかなり多いが、その後に「事故が原因で衰弱した」という理由で亡くなったと書かれていたのだ。
それなのに、死因が「頭部を殴打されたため」だなんてちゃんちゃらおかしい限りだ。

つまるところ、所長の部下が殺されて回っている、ということだ。
いつもニコニコと笑っているリヤン殿だが、常に殺されるかもしれない、という恐怖がつきまとわれているのだ。
運良く抗体だかなんだかを少し持ち合わせていたから生き残れたものの、隠蔽のために殺されたのではわけない。

リヤン殿はもちろん、彼を溺愛しているオルドルから見ても恐怖だろう。

「よく行く場所は調べたんだが、いなかったらしい」

妾の悩んでいる顔を見て、クロヌがそう言った。

「【探索サーチ】は?」

同じく真面目に考えていたミコガミが、ふと思い出したようにそう言った。
探索サーチ】はかなり汎用性が高く一度見たことや触れたことのあるものを探し出せる、という名前のままの魔術だ。
当たり前だが、オルドルはリヤン殿を見たことも触れたこともあるのだから、簡単に探し出せるはずだ。

「……オルドルは【探索サーチ】、使えないぞ」

クロヌが衝撃的な事実を口にする。
探索サーチ】は妾でも使えるほどに、簡単かつ使いやすいのだ。

勉強したくない、と断固拒否していた妾だが、【探索サーチ】や【転移テレポート】などの使えないと困るものは無理やりたたき込まれたくらいだ。
妾が母上の執事に厳しい指導を受けている間、クロヌは妾のソファで仮眠を取っていたのは良い思い出だ。
うむ、絶対に許さない。

「オルドルは一般教育課程も終えてないからな」

彼はそう付け足し、ミコガミから携帯を借りて、キョウコ殿にかけ直す。
どうやら、オルドルでは埒があかないと考えたようだ。

「オルドル、学校出てないのか……」

キョウコ殿と通話をしているクロヌを横目にミコガミがそう呟いた。
妾は身辺警護等の関係上通うことが出来なかったのだが、エキャルラット王国の国民は普通教育といって、五歳から十八歳の間の十三年間は学校で魔術や倫理はもちろん、現代ではあまり使わない化学なども無償で教わることができる。

ミコガミも通っていたのだが、飛び級をしたため、十五歳の時に卒業してしまっている。
彼だって、ちゃらんぽらんなように見えて、頭は良いのだ。

「リヤンの居場所が分かった」

携帯を閉じたクロヌがこちらへ振り返ってそう言った。

「隣町まで行っちゃったとか?」

ミコガミが確かにリヤン殿ならやりそうなことを挙げる。
オルドルも、リヤン殿はすぐにフラフラと出歩いていなくなったかと思っても、ご飯の時間になると必ず戻ってくる、と言っていたし。

「いや、違う。 幸か不幸か」

そう言って、クロヌが魔術で電子地図を広げ、リヤン殿がいるという場所を指差した。

「え、ここって……」

それを見てミコガミが絶句する。
ミコガミの視線の先にあるクロヌの指が指す場所はどこからどう見ても。

「××ではないか!」

妾の必要以上に大きな声が木々が生い茂った森に響き渡った。