複雑・ファジー小説
- 姫は勇者で魔法使い。 ( No.76 )
- 日時: 2012/11/11 18:01
- 名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: zist1zA5)
「よしよし、枢くんっていうんか?」
枢を引き剥がそうとした翔を止め、リヤンが柔らかな笑みで自分に抱きついている子供の頭を撫でる。
枢は大層リヤンのことを気に入ったようで、コクコクと頷いてリヤンにすり寄る。
この子が懐くならそんなに悪い人じゃないのは間違いなさそうだが、根が悪い人ではないというだけだ。
家族などを人質にされて、枢をさらいに来たり殺しに来た一般人というのも前例はあるのだし。
—*—*—*—*—*—
「うーむ……」
これは岡崎枢に会いに行くのも大切だが、リヤン殿を探すということも大事だ。
自分の立場と友人のどちらを選ぶか、という非常に困ったダブルバインドだ。
どちらかを後でやればいいのでは、という考えも浮かんだが、リヤン殿が忽然と姿を消したのは家出するつもりで出たからだった場合、妾達がリヤン殿を探していると気がついたら、逃げ出すだろう。
岡崎枢の方もどこからか妾らの存在と目的を知ったら逃げ出してしまう。
つまるところ、どちらかを探している間にもう片方に存在を感づかれ、逃げられてしまい任務を失敗してしまうかもしれないということである。
「とにかく、シャルロット様にもらった資料にはこの近辺での目撃情報が多いとあったからな。 岡崎枢の方が先決だろう」
クロヌはそう告げるが、キョウコ殿の【探索】の結果、リヤン殿もここから近い位置にいるということが発覚したのだ。
そのことも考えると、距離的にはどちらから探してもいいと思うが、なかなかそうはいかない。
リヤン殿も大切な友人ではあるが、岡崎枢を探すのは国の命運がかかった重大な任務なのだ。
—*—*—*—*—*—
「兄さ……」
俺が慕い憧れている兄の部屋の扉を開けると、そこに彼の姿はなかった。
代わりと言わんばかりに、足元に二つの毛の固まりが纏わりつく。
「わんっ!」
「わふんっ!」
兄が飼っている、いつの間にやら神格化してしまった茶色と黒色の二匹の豆柴がしっぽを振って、遊んでくれ、と言わんばかりに軍服姿の俺の足元をぐるぐると駆けずり回る。
衛生上、キッチンにはいれないようにと兄は配慮しているらしいのだが、兄に遊んでもらえない、ということに気がついてしまった豆柴が他の人に猛アタックを始めるから困ったものだ。
「散れ」
二匹の犬の首根っこを掴み、兄のベッドの上に投げ入れる。
わふっ、と小さく鳴き声をあげた犬がめげずに再び飛びかかろうとしてきたため、パタンと扉を閉めてあれらが出てこないようにする。
扉の内側からバンバンとそれを叩くような音と犬の鳴き声が聞こえてくるのを無視して、わざわざ部屋を訪れた本来の目的である兄を探し始める。
「兄貴、ちょっと『うぐいす』と『ひよこ』借りてもいいか?」
そう言って、今さっき俺が閉めた扉を翔が開けると案の定、二匹の犬が部屋の外へと飛び出す。
「うわっ!」
犬をかわそうとした翔が反射的にドアノブを放してしまい、尻餅をつく。
大の男がそんなところを見られたら嘲笑されそうだが、その姿は俺と犬二匹以外見ていないため、翔本人が少し恥ずかしそうに周りを見渡してから、そそくさとその場から離れる。
目当ての『うぐいす』と『ひよこ』は今さっき部屋から扉から飛び出していったわけだが、あれで大丈夫だったのだろうか。
「わんっ」
ちょっと面白い翔の様子を窺っていた隙に再び二匹の犬が俺の足元に集っていた。
兄様と完全に血が繋がっているから、兄様に近い匂いはするかもしれないが、俺は兄様と違ってこの犬のようにうるさいものはあまり好きじゃない。
兄様もあまり動物自体は好きじゃないらしいが。
「わんっ! わふんっ!」
突然、二匹の豆柴がはちきれんばかりに尻尾を振って、俺の足元から離れて後ろへ駆け出す。
探さなくて済んだ、という安堵の気持ちを抱えて振り返ってみると、道端に落ちていたから拾ってきた、他のパーツに比べて襟足だけが長く伸ばされた青色の髪の毛が非常に特徴的な青年——リヤン・ヴェリテが見事に二匹の犬に絡まれていた。
リヤンは俺と違い、犬が好きなのか、わざわざしゃがんで、自分の元にやってきた犬を撫で回す。
気をよくした豆柴の方も、初対面の相手に「撫でろ」と言わんばかりにお腹を見せてみたりしている。
「モアクさん、この子達も連れて行ってええ……ですか?」
二匹の豆柴を持ち上げたリヤンが訛りが強いものの馴れない敬語を頑張って絞り出してそう言った。
とんだ世間知らずな奴だとは思っていたが、さすがにただでさえ騒がしいリヤンがいるのにその上、やたらとうるさくするひよことうぐいすにまで来られてしまったらたまったものではない。
「ダメだ」
一喝すると一人と二匹が非常に悲しそうな表情をした。
ゴネられることも考えてはいたが、リヤンは大人しく犬二匹を床に置き、「あかんって。 また今度、遊ぼうね」と人に話しかける時と同じように優しく話しかけ、頭を撫でてから、俺の方へ駆け寄る。