複雑・ファジー小説
- Re: 或る日の境界 ( No.1 )
- 日時: 2012/03/17 17:49
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
或る日の出来事にすぎなかった。
それは瞬く間もなく、ただ自然に世界は異端に包まれていった。それは、誰かが気づいたわけでもない、自然とこうなっていたという形だった。
何故そんなことが起きたのか。
それは神が望んだことなのか。それとも、人間がそれぞれに導かせた結末なのか、それとも——
そこにあるのは、ただ一つの境界に過ぎなかった。
【或る日の境界】
小さく息を吐き、荒々しくも弱々しげなその呼吸音は人知れず、自分自身で実感していた。それは心臓の鼓動とまるで同じようなもので、緊張という二文字で表すには異様な緊迫感だった。
「来るぞ! 避けろ!」
その言葉を劈くようにして耳から受け取ると、呼吸などを忘れたかのように砂だらけの地面へと飛び込み、転がった。
その一瞬、光が撒き散らされると、元から自分のいた場所が黒く焦げ痕を残し、自身の体はその勢いの如く、大きく反転して飛ばされた。目の前が真っ暗になり、何も聞こえなくなったかと思う数秒後、目が覚めたそこには銃を持った高校生ぐらいの男がこちらを見つめていた。
「大丈夫か? 手榴弾は範囲が広いからな……あいつ、回り込んで俺が倒してくるから、お前は後に続いてくれ」
男はそう言い残すと、アサルトライフルを両手で持ち、いかにも風格のあるような形で走り去っていった。
ここはオンラインゲームの世界。FPSと呼ばれるオンラインゲームのシリーズが遂にリアルに感じられるゲームとして再現された。
樋里 由一(ひざと ゆいち)である俺は、このオンラインゲームの虜になっていた。RPGとしてこういうリアルなものは既に発売はされていたが、FPSによる試みは今回が初で、このコンセレクト・ヴィコーズというゲームはまさに待ち望んでいたゲームと言えた。
ただ、このゲームが発売される当初はとんでもなく批判が多かった。人を撃つ感覚や、人を殺す感覚、そして何よりそれを現実と錯覚して事件を起こす可能性が高いとして発売がされることはまず有り得なかった。
その為、正式な精神テスト等を行い、それによって会社から取り寄せの形で購入しなければならないのでプレイヤー数もそう多くはない。だが、この実戦で戦う感覚がなんとも言えず、こうしてハマってしまっているわけだった。
HPバーのようなものはRPGのように存在はせず、ダメージを食らうとそれによる衝撃と目の前が少し赤くぼやけてくる。薄っすらと透明になっていく状態はかなり危険だということを意味している。最初はどうにもどこから敵が撃って来ているか、などということがあまり分からずにいたが、こうして慣れて見ると案外予測なども出来てとても攻略性が擽られるのか、かなり楽しい。
「……もう抜け出せないかもな」
そう呟くと、俺は手に持っていたAK47を構え、サイトの奥を見つめた。その奥には、まだこちらに気づいてはいない様子のプレイヤーの姿があった。
狙いを十分に定めると、一気に銃を唸らせた。半永久的に続く銃弾の飛び出す音、そしてそれによって伝わってくるこの反動による痺れがリアルに感じることが出来る。気づくと、相手の姿は既に回収され、血の痕のみが残っていた。
モニター代わりのようにもなっている腕時計を見ると、相手を倒した数が一つ増えている。つまり、ここの敵は倒せたということだ。敵を倒すと、ピコンッという電子音のようなものが鳴り、教えてくれるのだが集中してそれが聞こえていなかった。
こうして、俺はその日もリアルFPSオンライン、コンセレクト・ヴィコーズをやり続けるに至った。
「あぁ、疲れた」
頭に装着したヘッドギアのようなものを外してため息を一つ吐いた。ゆっくりと首を回すと、コキコキと骨の鳴る音がする。
背伸びを十分にした後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。ゲーム中、ずっと立ち上げていたパソコンの画面には、コンセレクト・ヴィコーズと書かれたパッチエンジンが中途にタブとしてあるのみ。ゲーム自体は既に切っている為、そのタブももう必要はいらず、マウスを動かしてそのタブを消した。
コンセレクト・ヴィコーズは専用ゲーム機の他、パソコンと連動して起動させる。本当に面倒臭いことこの上ないのだが、それほど楽しめる作品になっているのは間違いなかった。実際、このところほとんど毎日これにハマり込み、寝る暇も惜しんでやっている始末を繰り返している。
辺りは綺麗に整頓されており、人気もない。たかだかアパートにいる身分だし、それにまだ学生を名乗っている立場なわけで、どうにか単身赴任の親からの銀行に届く仕送りで食っていけている。
じゃあ何故コンセレクト・ヴィコーズをやるぐらいの予算があったのかというと、実のところあるわけもない。仕送りと少しのアルバイトで補っている俺の学校生活事情の中で、こんな贅沢なこと出来やしない。ましてや、食事もままならなくなりそうな時さえもあるというのに。
——それは、或る日の出来事だった。