複雑・ファジー小説
- Re: 或る日の境界 ( No.13 )
- 日時: 2012/04/08 22:15
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: GHOy3kw9)
教壇に立っている女教師の声が体育館内に響き渡ると、一斉にがやがやとしていた体育館は静まり返った。
その様子を伺いつつ、女教師はゆっくりと、自信に満ちたような笑みを浮かべながらマイクへと口元を近づけて話した。
「お前らが前にいた世界はどうだかは知らん。この世界は前にいた世界の記憶など、どうでもいいことだ。お前らが知っている現実と、この世界は全く持って違う。今から言うことをよく聞け。お前らはこの世界でこの学校に住み、神と戦うことになった。それだけはハッキリしている」
女教師は、その感じと雰囲気からは想像できないような口調で喋っていく姿に、俺は見惚れていた。見惚れながらも、その口から放たれてくる言葉のそれぞれが俺の耳にはしっかりと入っていた。どこか耳に響くハッキリした口調がそうさせているかのようだった。
「神というのは、この世界そのもののことだ。ここは何度も言うが、お前らの知っている世界じゃない。イレギュラーと呼ばれるバケモノが徘徊している箱の中だと思え」
イレギュラー……その言葉で思い出した。
そうだ、俺は確か……自分の部屋にいて、そして……銀髪の少女がいた。バケモノも——いた。
「そ、そんなの……!」
「いきなりすぎるだろ……」
「元の世界に戻りたいよぉ……」
「何でそんなことしなくちゃいけねーんだよ!」
様々な声が色んな所から出始めていた。教壇に立っている女教師は、静かにそれを数秒見つめ、そして——
「戦わない奴は失せろ! そして、バケモノの餌にでもなっておけ! それが嫌なら戦え。それしか道はない。お前らが嫌でも、世界がお前らをプレイヤーと決めたんだ。このイカれた、クソッタレた世界の中で生きるには戦い抜くしかないんだよ。理解できねぇなら一旦自分の目で外へと見て来い! バケモノに会えるだろうよ。まあ、今のお前らじゃ一瞬で食われて終いだろうがな」
一気に静まり返る体育館の中、女教師の突然の怒号に、もう反抗する声が挙がるような雰囲気は無かった。
「この中には、既にバケモノを目にした者もいるだろう。奴等に立ち向かう術は——ないわけじゃない」
女教師は突然教壇の下側から何かを取り出し、それを手にとって掲げ、見せてきた。
それは、手の形をした鉄の塊——手に装備する防具、ガントレットだった。
「これの名前はサクリファイス。このガントレットはただのガントレットじゃない。武器を生み出すことが出来、個々の特殊能力を持つことが出来る。使い方は、手に装備するのみだ。それだけで扱うことが出来る——が、このサクリファイスという名の通り、この装備には生贄が必要だ」
女教師はガントレットを教壇へと置き、真剣な表情で再び口を開いた。
「生贄となるのは、お前ら自身だ。つまり、力を使いすぎると、お前ら自身が滅びる。影響が出るのは個人によってバラバラなわけだが……視力や、足の麻痺、一番タチが悪いのは心臓の部分。力は使い方によっては悪影響にしかならない。そのことをよく覚えておけ——以上で集会を終わる。細かい説明はそれぞれの制服のポケットの中に紙が入っているはずだ。その紙には自分の名前と、クラス名が書かれている。そこへ向かえ。……解散」
女教師の解散という言葉と同時に、一斉に体育館にいた奴等は移動を始めようと動き出した。
この世界は、本当に自分の知っている世界ではない。そのことを実感したのだろうか。皆、どうやってこの世界にきたのか……。
色んなことがごちゃ混ぜに俺の頭の中を駆け巡るが、どれもわけが分からない。俺は体育館の中で立ち止まって考えていた。
「行かないの? 樋里っち」
「……いや、俺は——」
刹那が話しかけてきたのに対して、躊躇いながらも断ろうとしたその矢先、突然キーン、とマイクの音が聞こえた。
「あぁ、言い忘れてた。芹澤 陽助(せりざわ ようすけ)、加藤 巳緒(かとう みほ)、七瀬 望(ななせ のぞみ)、樋里 由一、木下 刹那。お前ら5人は俺の担当だから、着いて来い」
先ほどの女教師が、俺と刹那の名前を含み、話した。気付けば、大人数の奴等が既に体育館からいなくなっていた。40〜80人ぐらいの中から、呼ばれた俺達は、戸惑いながらも女教師の元へと歩いて行った。回りの奴等は皆静かに俺達を見つめていた。中には怯え、泣いている者もいたし、移動するのが面倒臭いという理由で移動しない奴もいた。
その中、俺と刹那を含めた5人が女教師の元へと行く。間近で見ると、女教師の美貌はそこらとでは比べ物にならないぐらいのものがあった。人を魅了させるような何かが。
「よし、着いて来い」
自信に満ちた声で女教師は言うと、歩き始めた。その後ろを戸惑いながらも俺達は着いていく。
俺の前を歩くどことなく気弱そうな男が芹澤 陽助か。その他、二人は女子だがどっちがどっちなのか検討がつかない。一方はムスッとした感じの雰囲気を出す強気そうな女子で、もう一方は何を考えているか分からない不思議な雰囲気を出している子だった。
刹那は俺の隣を歩いているが、その表情は何だかどことなく嬉しそうな感じで、妙に気持ち悪い。
「何でお前はそんなに嬉しそうなんだ」
「ん? ふふん、そんなお顔してました?」
「……いいな、お前は」
よくこんな時にそんな表情をしていられる。俺はわけが分からない。勿論、刹那を除いた他の三人もそうだろう。突然目が覚めたと思いきや、寮の個室で寝ていて、体育館へと行ったらこの世界は現実世界とは別の世界、だとか言われるのだから。混乱するのは無理もない。それに、俺達に"神"とやらと戦え、というのだ。何故そんなことをしなくちゃいけないのか……説明されたとはいえ、理解できないのが普通だろう。
女教師は、次々と階段を登り、校舎の上へ上へと上がって行く。その中で何人もの生徒と出会ったが、皆表情が強張っていた。
「着いたぞ」
間もなくして、俺達は一つの部屋へと辿り着いた。先ほど廊下を歩いていて思っていたのだが、この学校は俺の元いた学校と似ているようで全然似ていなかった。その部屋は、ただの教室ではなく、大学の講義室のような広さがあり、敷地もとてつもない大きさを誇っていた。他の教室等も同じような大きさのようだった。
「今日から此処がお前達のクラスだ」
教室の中に入ると、既に人が何人か中にいた。男女問わず、同じ制服をきた様々な人達がいる中、俺は——たった一人に目を奪われていた。
「本荘……!?」
教室の一角、そこには確かに本荘の姿があった。
第2話:或る日の現実(完)