複雑・ファジー小説

Re: 或る日の境界 ( No.2 )
日時: 2012/03/17 03:13
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)

その或る日、一通の小包が届いた。宛先は書いていなかったが、その謎の箱に入っていたものが——コンセレクト・ヴィコーズだった。
精神検査を受けた証拠になる正式なカードも中に用意されており、そこに貼ってあった写真は紛れも無い、俺の顔だった。
どうしてこんなものが突然、前触れもなく届いたのか不思議に思いつつも、今ではこうしてコンセレクト・ヴィコーズの魅力に唆されている。
最初は、こんなゲームがあるんだけど、自分では買えるはずもないし、特に何も思っていなかったが、実際に手に入ってみるとなると、やはり違ってくる。周りは値段か高いやら、いちいち面倒臭いとか、色々な理由で断念している人がいたりするんだと思うと、優越感さえも起きる。
ただ、俺はこうした毎日を過ごすことが日課になっている。そんな自然なようで、"不自然"な出来事に俺は何一つ気づくことがなかった。

——そう、あの"或る日"までは。



第1話:或る日の日常



世界は格段に進歩を遂げていた。技術や情報が発達し、機械なども発展を遂げて、時代は機械化学による世界として広がりつつあった。まさに世界が発展途上を成し遂げようとしていた時代の真っ盛りが今のこの時だった。
そんな時代だからこそ、リアル体感型オンラインゲーム、つまり俺の今やっているコンセレクト・ヴィコーズやその他のRPGなども進出してきている。全て、体感するというタイプが多くなってきていた。
といっても、何がどう大きく周りが変化した、ということでもなく、ただそういう発展がいつの間にか、ごく自然に当たり前のようにされてきているというだけのことだ。特に俺の生活に影響が出たか、といわれればコンセレクト・ヴィコーズぐらいしか影響なんてない。

こうした日常を暮らしながら、今日も俺はいつものように学校へと通う。一人のご飯はだんだん慣れてきたことは慣れてきたのだが、個人的に気になるのは病院で暮らしている妹の香苗かなえのことだった。昔から病弱な香苗は、幾度となく入退院を繰り返していた。香苗と外で一緒に遊んだ、という記憶はほとんど無い。
そんな妹の様子が特に気になっていた今日は、学校の帰りにでも電話してみようかと心に決め、仕度を終えた後、家を出た。

外は気持ちのいい、晴れ模様だった。




「めぇ——んッ!!」

ドンッ、と床を蹴りだす音と一緒に道場内全体に響かせるほどの大きな声が聞こえてくる。そしてその次の瞬間、バシィンッと竹刀が撓り、相手の頭上から響かされるその反動の音は清々しく感じられるものだった。

「あぁ、やってるな」

俺がそう呟きながら入るや否や、またもや「めぇ——んッ!!」という掛け声が聞こえ、バシィンッという音もまたもや続いて聞こえてきた。

「う、うわぁあっ!」

大きく尻餅をついた大柄の男は、慌てたように面を剥ぎ取ると、乱れた息を何度もふうふうとしんどそうに吐いて、小さく「参りましたぁっ」と声を呟かせた。その声の小ささといえば、その大きな図体からは想像の出来ないような声の乏しさだった。
その男の目の前に立ち、そしてさっきから面を連発して与え続けていたその人物は男の着ている藍色の袴とは違い、白色をした袴を着て、胴下には、本荘ほんじょうと大きく書かれてある。その本荘と書かれてある防具を着た者がゆっくりと面をとると、その中から綺麗に形の整った少女の顔が現れた。手拭を今は頭につけているので、髪型は分からないが、うっすらと見える黒髪のうぶ毛もまた可愛く見えるのが不思議だった。

「はぁ、だらしないよ? 西城君さいじょう。それでも男の子?」
「う、うぅ……そんなの、本荘と比べないでくれよ……」

ボソボソと、体格に似合わず喋る城西をひとまず聞き流し、今度は俺の方に顔を向けてきた。

「由一も、遅刻。毎回優々と遅刻するから大したものだよね」
「そう嫌味みたいなことを言うもんじゃないぞ、本荘。綺麗な顔が台無しだ」
「でも事実でしょ。嫌味として捉えるなんて……まあ、由一も大したことないね」

竹刀をまるで鞘に納めるようにしてゆっくりと左手で掴むと、本荘は俺の隣を歩いて道場から出ようと靴を履いていた。

「おいっ、どこに行くんだ?」
「何でいちいち言わないといけないの? 遅刻常習犯に教える価値なんてないよ」

手拭を取りながら、横目で俺を見つつ、本荘は言った。長い黒髪がふわりと手拭から零れ落ち、綺麗な煌きを放ちながら黒髪は長く背中の方へと伸びた。

「……西城、何かあいつ怒ってる?」
「……それ、冗談で聞いてる? それとも本気?」
「……だよなぁ」

俺は何となく納得したように、頷いた後、ため息を一つ吐いた。
これでも、俺は剣道部の副主将という意味の分からない立場にいる。さっきの本荘 櫻(ほんじょう さくら)が主将の立場にいる。
そして、今さっき話した西城 和真(さいじょう かずま)が剣道部員というわけだ。
この三人。そう、この三人しか剣道部はいない。
そもそも、剣道部はほぼ廃部に近い状態に陥っていた。前の前の年の先輩が大勢で、前の年の先輩が1,2名ぐらいしかおらず、その大勢の先輩が一気におさらばしてしまったことで前の先輩が1,2名いたのだけど、何故か理由もよく話してくれずに辞めてしまった。
その頃、俺はまだ学年も一年生で、とりあえず帰宅部として過ごし、気ままな生活を送っていたが……どうにもこうにも、本荘に上手いこと言いくるめられて二年生になった今でも剣道部でいるハメとなった。
実際、元二年生の今は三年生の人達が辞めた時点でもう廃部確定の人数だったが、何をどうやったのか、本荘はこの剣道部を継続させることに至らせた。三人しか部員がいないのに、どうやって言いくるめたのか。
それにしても、俺が言いくるめられたっていうのはあることを理由にしてのことで、本荘とはそれなりに関連がある事柄だった。

「なぁ、樋里。お前、"幼馴染"のクセして何も気を遣ってやれないのかよ」
「幼馴染って言うな。あいつも、それを拒んでるだろうしな。それに、幼馴染だから何でも分かるわけないだろ」

と、吐き捨てるように西城へと言ってやった。
先ほど、西城が言ったように、俺と本荘との関連がある事柄というのは——幼馴染というステータスだった。
なんとも使い勝手の悪いステータスで、小さい頃こそは色々遊んだりしたが、最近は口も聞かず、同じ高校に入っていたということも何となく知ったぐらいで、お互いに全然干渉し合っていなかった。それなのにも関わらず、剣道部を相続させるにおいての先生との交渉の中に、たまたま傍を通りかかっただけの俺の襟を掴んで、

「こいつ、樋里 由一も加入します!」

あまりに突然のことすぎて、忘れるに忘れられない。というか、もう一生忘れることはないだろう。早く帰ってカレーでも食おうと思っていた俺に思わぬ災害をもたらしたのだから。
そんなこんなで今現在、俺は此処にいる。適当でいいから、と言われたものの、遅刻をしたらしたでやはり諌められる。入ったからにはやはり正しく来るべきなのだろうとは思うが、どうにも納得いかない点が多すぎる為、少しでもという反発心からの行為だった。

(にしても……あいつ、あんな性格だったっけ?)

どうも難しいような、それでいて近づき難い雰囲気を身に纏っている本荘はどうにも俺の昔の印象とはかけ離れていた。向こうは俺のことを下の名前で呼んではいるが、俺が櫻、何て呼んでみると普通に無視されるどころか、冷たい目線で見られたこともある。最近の中で一番怖かった出来事なのかもしれない。

とにかく、今一度振り返ってみると、俺は結構本荘が苦手なのかもしれない。それは幼馴染とか、そういうことは関係無しに、何となくそんな感じがした。
無理矢理、といっては何だが、一応副主将を任されている立場もあるので、そんなこんな思いつつも俺はいそいそと防具を装備するのであった。