複雑・ファジー小説
- Re: 或る日の境界 ( No.5 )
- 日時: 2012/03/17 19:25
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
遅刻はするが、一応朝の練習はかかさず毎日行っている。いい運動にもなるし、元々剣道はしていたから特に苦という部分もなかった為だ。
仕方なく本荘の相手をさせられていた西城も俺と同じように素振りを始め、ものの数分で西城はバテてその場に座り込んでしまっていた。
その後、本荘が来るのを察知したかのように西城は本荘の来る数秒前に立ち上がって再びその大きな体についてある脂肪を揺らしながら息を紡いでいた。
そんな朝の練習が終わり、俺と西城は同じクラスなので一緒に向かう。本荘は別のクラスの為、一人で行くことになるのだが、俺や西城と違って本荘が仕度を済ませる速度は尋常じゃないぐらい速いものだった。いつの間にか目の前からいなくなっているほどに。
俺もある程度仕度は慣れているので早くに済ませるのだが、やはり部で一番遅いのは西城だった。
「ひぃ、ひぃ……待てってば、樋里ぉ〜!」
「早くしないと、朝飯食いそびれるだろ?」
「後少し! 後少しだから!」
西城は慌てたように防具を片付けるのに必死になっているのを横目に、俺は食堂の方へと見た。
この学校は寮があり、スポーツをやっている者やスポーツ推薦などで入学してきたものが4割程度。他6割はその他家庭事情等で寮に住まうもの達だ。寮が広いのと、ルームシェア等が出来たりするし、出費もそんなにかからない為、寮に住む者が多いのでほとんど全寮制っぽくはなっているが、やはり家から通う者も俺のようにいるわけで、全寮制とまでには至っていない。
といっても、朝ご飯は寮に住む者にとっては食堂で食べるのが一番手っ取り早いので、この朝の練習が終わる頃には皆食べに来ている。まあ、それに備えて食堂の大きさもそれ相応に大きく、広いわけなのだが。
だがしかし、朝の人気メニュー等もあったりして、それらは勿論の如く売り切れということは十分ある為、急がなくては十分に吟味した朝飯がありつけないというわけだ。
「……よしっ、出来た!」
西城の声が道場内に響いたものを聞くと、俺は西城へと再び目を向けた——が、そこには既に西城の姿は無く、人がせっかく待っていたというのにそれすらも目に入らないという様子で食堂に向けてその巨漢の体を揺さぶりながら走っている姿が透明のドア越しに見えた。
毎度のように、西城は飯のことになるとああなる。というより、飯のことしか考えなくなり、こういう行動に走ってしまうのだ。
「何というか……相変わらず、西城だよな」
一人で小さく呟くと、俺も続いて食堂へと向かった。
——————————
——それは"この世界"ではない、ある世界だった。
"この世界"では有り得ないものを生み出す、それがある世界の特徴だった。ただ、その世界は壊れかけていた。多くのその世界は、集まっては砕け、集まっては砕かれていたのだ。
それは、人ではない。人ではない、何かの"意思"によるものだった。
「聞こえるかい?」
小さく呟かれた少年の言葉。その少年の言葉は誰に話しかけているのかも分からない。何も無い世界に、ただ一人の少年が誰かに話しかけているような形だった。
「誰もいないのかい?」
少年は確かめてから、なお確かめる。それは誰かがいるという確信の表れなのかもしれない。
人ではない、意思の塊。それが少年だったからだ。
「居場所を、見つけたんだ」
独りと分かっても、まだ話しかける形で少年は喋った。いや、声が少年だということだけで、実際に少年かも分からない。それは単なる、意思なのだから。
「僕もきっと、友達が作れると思うんだ」
たった一人の意思は、何を求めるのか。ただ単純に友達と言い表すだけでは計りきれない。それはこの少年の声は、とある意思なのだから。
「僕は——」
声は、それから届くことはなかった。
少年の声、いわゆるとある世界の意思は——"この世界"に"境界"を作り出したのだった。
——————————
食堂の方はもう人が見渡す限りには集まっていた。既に食事を始め、友達やらと会話を楽しむ生徒達も少なくない。カウンター越しに、料理を作っているおばちゃんに目掛けて注文をごった返す生徒達も大勢いた。
少なくとも、俺がこの食堂に着いた時にはそれだけの数がいたが、いつもに比べると結構少ない。寮生活を勤しむものが多い学校であるからして、総生徒数もまちまちに少ないとも、多いともいえない人数ではあるのだが、食堂はその生徒達を全員入らせられるほどの大きさを確保してあるので、見渡す限りに生徒がいるのはまあ、普通の現象といえるのだ。
「さて……俺も飯を確保するかな」
そう言いつつも、カウンターの方へと目を移した。
まだ食事にありつけていない生徒達が今かまだかと地団駄を踏むような姿が確認出来る。カウンターは一つだけではなく、他にもあるわけだが、限定メニューや人気メニュー等はどのカウンターで注文することが出来るのか限られている。
言ってしまえば、今そういうものを注文しようとしている生徒達で行列が作られているというわけだった。
(まあ、俺は普通メニューでいいからなぁ……)
そんなことを思いながら、今日の人気メニュー、限定メニューに目を向けてみると、
【限定メニュー!:黄金色丼 人気メニュー!:ボリュームカツ丼デラックス】
と、二つのメニューが大きくカウンターに張り出されていた。この二つのメニューどちらも丼で重たいのに、よく朝からそんなものを食べる為に並ぶなぁ、と俺は少し感心の目で行列に並ぶ連中を見つめた。よくよく思えば、その行列を作っている連中はどれもラグビーやら野球やらサッカーやらバスケやら柔道やらのスポーツ系統の部活ばかりで、さらに全員男だということに気がついた。
(まあ、メニューがメニューだしな……)
そう思い浮かべながら、俺は普通メニューを頼むべくして行列の作られていないカウンターへと向かった。こっちの普通メニューの方にもカツ丼はあるのに、人気メニューとどう違うんだろうかとは思う。
カウンターには、おばちゃんが料理を忙しく作っている姿が見えた。なんとも話しかけ辛い……が、勇気を呼び起こして声を張り上げようとした。
「すみませ——」
「すみませーんッ! 杏仁豆腐餡蜜たっぷり掛け2つ、抹茶プリン3つと、チョコパフェアーモンド風味2つ!」
俺の隣からより大きな声で、さらに有り得ないメニューが次々に放たれた。
食堂のおばちゃんは、忙しくしている素振りから一転、そのメニューを聞いたや否や「あいよっ!」と声高らかに言うと、先ほど言ったメニューを次々に調理場のおばちゃん達に伝達した。
その有り得ないメニューを頼み、悠然とその場で笑みを零して食堂を見つめるのは、肩までの髪の長さに整え、薄い栗色の髪をヘアピンで幾度か留めているこの無邪気な少女がその正体だった。
「ふふん、朝はやっぱりこのメニューでなくっちゃねー」
人の順番を横取りした上に、その悠然な態度をとるこいつの正体は嫌でも分かる。同じクラスの——
「海藤 柚子(かいどう ゆず)……!」
「うん? ……あ、樋里君、おっはー」
俺を見ると、爽快な笑顔と共に、右手をあげてその手のひらを見せた。何とも憎めないキャラ、それが海藤 柚子だった。
クラスでも人気者で、クラス副委員長を務めている。あまりに元気がいっぱいすぎて、周りがついていけない時もあるが……その童顔な顔つきとは違って、穏やかそうな感じには見えるが実際はものすごい活発少女だということが印象的な奴だ。
「おっはー、じゃなくてだな……人の順番を抜かすなって前から言って——」
「はい、杏仁豆腐餡蜜たっぷり掛け2つ、抹茶プリン3つと、チョコパフェアーモンド風味2つね!」
……俺の言い分はおばちゃんの大きな声によって消えた上、その目の前にあるお盆の上には見るだけで倦むほどの甘ったるいメニューが出揃っていた。
「うわーい! ありがと、お姉さん!」
「あらやだ! 柚子ちゃんじゃないの〜! 杏仁豆腐、まだいる?」
「え、いいの!?」
「えぇ、いいのよぉ〜。ほら、皆には内緒よ?」
皆には内緒といいつつも、おばさん。思いっきり皆が食ってる前で堂々と渡さないでくれ……それに、俺が思い切り目の前で見ているじゃないか。
「えへへ、ラッキー」
また一つ、甘ったるさがレベルアップしたお盆に出揃ったメニューを従えて、海藤は優々と席へと着きに行くのだった。
「全く……あ、俺は定番Bメニューで」
「ごめんねぇ〜、そのメニュー今ちょっと無いのよー」
「……なら定番Aメニューで」
俺だけ何か上手くいかない感じがして、妙に残念な気分の朝食だった。