複雑・ファジー小説
- Re: 或る日の境界 ( No.6 )
- 日時: 2012/03/18 16:01
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
飯は西城と毎度のように食うのだが、俺が定番Aセットを持って席に着く頃には、既に西城は食事に勤しんでいた。
西城の目の前には、普通の丼よりも遥かに大きな丼があり、その他にサラダが山盛りになった皿なども置かれていた。その丼の中には、まだかろうじて残されたカツがあった。これが人気メニューのボリュームカツ丼デラックスだろうか。
「これ、ボリュームカツ丼デラックス?」
西城の目の前の席に座りながら、俺は西城へと聞いてみた。西城は忙しなくサラダをがっついていたが、その箸と口を止めて、俺の方をチラリと見てから、
「いんや、黄金色丼だよ」
「……黄金色丼にも、カツ入ってたのか?」
「入ってたよ」
「……そうか」
何も言葉が返せなくなってしまった。何で黄金色丼にもカツがあるのか。いっそのこと、俺も頼んでみようかとも思ったが、さすがに朝っぱらからこの定番Aセットと黄金色丼のダブルを食おうという気にはならない。確実に胃もたれするであろうメニューだからだ。
それから俺と西城は飯を食い終わると、いそいそと食堂を出る。その出る直前ぐらいに残りチョコパフェアーモンド風味のみとなったメニューを西城の勢いが如くがっついている海藤の姿を見たが、いつも通りのことなので、特に気にした様子も無く俺達は出て行った。
「あぁ、食ったなぁー」
「お前、胃もたれとかしないのか?」
大きく半円を描いたような西城の腹を見て、俺はそう聞いてみた。大柄な西城は見た目だけでなく、力もそこそこ強い。ただし、飯の時には。だけど本荘には剣道で負ける。西城いわく、本荘の竹刀が見えないそうだ。あいつの素振りとか勿論見たことがあるけれど、確かに速い。だけどそこまで言えるほどのレベルなのだろうか、とも思う。何せ、幼少時代にあいつが剣道とかしていた、ということを俺は全く知らなかったから、どうにも幼馴染とはいえない情報量だと俺自身もどうかと思っている。
「腹いっぱいになったら、眠くなるよなー」
何だか熊みたいなことを呟き始める西城を尻目に、俺は階段を登った。俺達の教室は3階にあり、食堂から遠くも近くも無い距離にある。
ようやく辿り着いたかと思うと、もう既にその階の廊下には生徒らが騒々しく会話を楽しんでいる様子が伺えた。俺達もその廊下を通るわけだが、何となしにその様子がどこかいつもとは違うことが分かった。
人だかりが、一点に集まっているように見えたからだ。その人だかりの指す方向には、掲示板があった。
「何だ? あれ」
「さぁ……」
西城が呟いたのを聞き流すかのように適当に返事を返すと、俺はそのまま無視して教室へと入ることにした。
「樋里っ、お前気にならないのかよ?」
「この人混みを掻き分けてまで見ようとは思わないな」
西城を後にして、俺は速やかに自分の教室へと入った。あぁ、掲示板の設置場所が俺の教室の奥の方でよかったと、内心安堵しながら。
それから間もなくしてSHRが始まる。いつもの朝だった。一応副委員長な海藤がその日は突然、教卓の方へと向かい、隣にいる委員長の羽賀 善郎(はが よしろう)が突如口を開いた。
「今日から文化祭のことについて決めていきたいと思います。何かやりたいことがある人は挙手をお願いします」
どうにも堅苦しい雰囲気で、それとなく近寄り難いというか、難しそうな感じを放つのがこの羽賀 善郎だった。
何となく馴染めないのが理由に、俺はこの羽賀とはあまり話したことが無い。いや、ただ単純に話したくなかった。
クラスメイト達は羽賀の言葉を聞いて、ガヤガヤと何か話し始める。そんなクラスメイトや羽賀を他所に、海藤はチョークをガガガガッと音を小刻みに鳴らしながら黒板に【文化祭、催し!】と書き殴っていた。
「誰か、いませんか?」
羽賀の二度目の問いかけに対して、クラスメイト達は特に何も意見は無い、ということを示すかのように挙手をしなかった。
そんなクラスメイト達の表情や様子を見て、羽賀は冷静に、無表情に言い放った。
「それでは、今日は何も無しで構いません。明日再び聞くので、各自考えてきておいてください」
キッパリと言い切った後、羽賀は自分の席へと戻って行った。残った海藤は更に凄みを利かせた【文化祭、催し!!】の文字を見つめて満足そうだった。——まあ、実際変わったのは文字の大きさとビックリマークが一つ増えただけなのだが。
(そういえば、もう文化祭か……)
窓の外は、梅雨が近づいてきたことを伝えるかのような湿っぽい風が流れてきていた。
それからの授業はすんなりと終えて行き、昼飯も食堂でいつものように西城と食べ、一日を毎日のように普通に過ごした。普通すぎる、といっては何だが、俺にとってこの毎日はとても退屈なものに見えた。
俺の席は窓側の一番後ろの席なので、このクラスが一面見渡せる。クラスメイトの表情や様子は、どれも違ってはいるがどうにも退屈そうだった。
(アニメとか、ゲームとかの世界なんかとは全然違うよな)
わけの分からない単語を並べているような英語教師を余所目に、胡坐をかきながらそんなことを思った。
実際そんな世界があったとしても、この世界はこの世界だし。それに、そんな非現実的なことがあるわけもないし。非現実的って言葉は、現実が今この世界だと認識しているからあるようなもので、じゃあ非現実的でないような出来事って一体何だろうか。
(……何を言ってんだ、俺は)
すっかりと、俺はコンセレクト・ヴィコーズに毒されてるな、と思った。
そんな、非現実的なことが現実になるなんてことは。
——あるはずがなかったからだ。