複雑・ファジー小説

Re: 或る日の境界 ( No.7 )
日時: 2012/03/18 17:11
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)

学校から帰る時には、もう既にコンセレクト・ヴィコーズのことが頭に浮かんでいた。早く帰ってプレイしたい。そんな思いが俺の頭の中でいっぱいだった。

「おいっ、樋里、今日も剣道いかねぇの?」

後ろから西城にそういわれても、俺は特に理由を述べるわけでもなく、

「あぁ、まあな」

と、コンセレクト・ヴィコーズが頭の中でいっぱいのせいでニンマリとした笑顔で返していたのだった。
それから、現在。俺は勿論のように家に帰ると、喉の渇きを潤す為に冷蔵庫の中からお茶を取り出し、一気に飲む。ゴクゴク、と喉を何度も唸らせ、最後にはぷはぁーと息を大きく吐き出した。
ふぅ、とため息ではない、それはこれから起こる楽しみを予感しての吐息だった。早速俺はいつものようにパソコンを起動し、コンセレクト・ヴィコーズを起動することにする。
ちなみに、パソコンは親からのお下がりで貰ったものだ。ノートパソコンではあるが、仕事用だったのかゲームとかする用だったのかはいまいいち分からないが、どちらにせよかなりの高スペックだった。だから今こうしてコンセレクト・ヴィコーズが出来るわけだが。

コンセレクト・ヴィコーズのパッチ等が起動する時間は少々かかる。それまで、椅子の上でまたいつものようにヘッドギアのようなものを被り、息をゆっくり、大きく吐いた。
コンセレクト・ヴィコーズが家にあるということは誰にも言っていない。勿論、西城にもだ。もし言ったならば、それのせいで剣道を休んでいると必ず責め立てられるし(多分、本荘から)西城辺りは必ずやらせて欲しいと言って遊びに来たがるだろう。そういうのは勘弁だからな。

『パッチ、起動完了』

その文字が画面上に現れた時ほど胸が躍る瞬間は無い。弾む心臓の音がやけに大きく聞こえた。

「よし……行くかっ」

俺はスタート、と書かれた文字をクリックした。
一瞬にして目の前が真っ暗に変わっていく。元から黒いサングラスのようなもので目は覆われているようにヘッドギア状、なっているのだがそれがまるで何も見えなくなる。目の前には闇ばかりが見えるだけで、かなり不安にもなる。最初、これをやった時は結構ビビった。
そして瞬時にまた白い霧のようなもので包まれて行く。着いた場所は——いつものように、戦場を選ぶ為のいわゆる街のような場所だった。ここでは大勢の人が集まったりしていて、結構賑わいを見せている……はずなのだが、どうにも今日は人気が少ない気がした。こんなことは初めてだ、もしかするとこの時間にログインする人が少ないのかもしれない。何せ、まだ今は5:30ちょっとだろう。学生しか帰宅してないからかもしれない。

「……まあいっか。とりあえず、戦場を選びに行こう」

街の真ん中には、戦場を選び、移転することが出来るワープゲートがある。ワープした瞬間、俺は戦場を体感することになるわけだ。
早速俺はワープゲートの傍へと寄り、様々なゲームモードの中からチームデスマッチを選択した。これはチーム同士で戦うモードなのだが、デスマッチなので、死んでもまた生き返ることが出来るシステムだ。しかし、ポイント制で、相手を倒すと100ポイント。これを5000ポイントまで先に稼いだ方の勝ちだ。ちなみにタイムリミットもあって、それはゲーム設定によって様々なのだが、5分や10分、15分や30分なんてのもある。ポイントを全て獲得するまで帰れない、なんて無限式もあるぐらいだ。

とにかく、俺はいつものように5分制を選んだ。5分といっても、結構長い時間だ。やってみればやってみるほど長く感じるのがこのゲームの特徴だともう分かっていた。
行きたい戦場を選択すると、俺はそのボタンに触れた。プンッ、という電子音のようなものが鳴って、自分の体の周りに白い光のようなものが集まってくる。それらはオーラのように俺に纏い、そして一気にワープさせた。


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樋里がコンセレクト・ヴィコーズを楽しもうとしている中、西城は道場へと向かっていった。いつものように、もう既に練習を始めているだろう本荘に樋里のことを伝えに行くからだった。
道場の透明なドアを開けると、既にブンブンと素振りを行う音が聞こえ、それと同時に息が小刻みに吐いては吸い、吐いては吸いを行っている綺麗な少女の姿があった。勿論、それは本荘である。

「本荘、ちょっといいかな?」

素振りを行っている最中にも関わらず、無粋にも西城は本荘を呼び止めた。素振りを続けていた竹刀はピタリと動きを止め、汗を顔に垂らしていた本荘は息を整えながら、小さく「何?」と西城を見つめて言った。
その目はとても澄んでいて、どこか冷たいものを感じさせるような感覚がするはずなのだが、西城はそこらの辺りも鈍いのでそんな本荘の視線など全く気にせずに話し出した。

「また樋里が休むんだってよ。あいつ、絶対サボりだぜ」

また、というのは大袈裟ではない。ここのところ、毎度のようにサボっていた。朝の練習は遅刻はするものの、とりあえずは来て練習している。その時の表情も真面目そのものだ。しかし、本腰である放課後の練習に来ないというのは言語道断もいいところであった。

「3人しかいないけどさ、樋里は一応副主将だし、主将から何か言ってやった方がいいんじゃないか?」
「……そうね」

冷たい返事なようで、どこか間の抜けたような声で本荘は西城に向けて返事をした。しかし、顔の方向は西城ではなく、目の前の木の壁だった。

「……もう、私が言っても何も聞かないもの」
「え? 何か言ったか?」
「……何も」

本荘は小さく呟くと、また素振りを再開した。
まるで、何かを振り払うように。


——————————


ワープの完了した俺は、ジャングルの中にいた。太陽の日差しがジャングルの木々に邪魔されて、どこか薄暗い感じがする。そんなジャングルの中、いつものようにNPCの声が頭の中に響いてきた。

『チームデスマッチだ! 相手を殲滅しろ! 油断するなよ!』

息を整え、俺は周りを見渡した。仲間は確かにいた。けれど、何も喋っては来ない。こいつは、無愛想な奴なのだろうか。この準備スタートまで残りわずかのこの時に挨拶ぐらいを交わすのがこのゲームの常識だった。

「あの、よろしく」
「………」

俺が声をかけても、何も返事はしない。俺の他に5人ほど味方がいたが、全く返事をしてくれなかった。そういえば、どこか目も虚ろな気がする。このコンセレクト・ヴィコーズではリアルの自分の姿がほとんど再現されることになるが、勿論変更可能だ。しかし、だからこそ表情などはリアルになっている。
だが、ここにいるチームメイトは皆虚ろな目をしていて、表情が何も無い、無表情だった。

(何だこの人達……気持ち悪ぃ……)

そんなことを思いながら、ギュッと手に持っていたAK47のアサルトライフルを握り締めた。

『作戦開始だ!』

その掛け声と同時にゲームが開始された。虚ろな目をしたチームメイト達は所々に散らばって行く。たまたま俺が行こうとしたルートには一人のチームメイトが目の前を先行していた。

「まあ、着いて行くか……」

後ろから後を着けるようにして行く。その人の名前も何も"表示されていない"、という不自然な状況にも気づかなかった。
少し先を行った直後、突然目の前の方に敵が見えた。

(ヤバい……ッ!)

咄嗟に地面へとしゃがみ、銃を構える体制に入ったのだが、前に先行していたプレイヤーはそんなことはせず、銃も構えることは無かった。

「おいっ、何をしてるんだよ! 早くしゃがむか、銃で撃つか——」

俺の声は、その時聞こえてきた"とある音"によって掻き消された。それは今まで聞いたこともないような、酷く生々しい音だった。

ぶしゃぁぁっ! 

俺の目の前が赤く染まっていく。何だこれは。何が起きたんだ。
ただ、その気持ちの悪い音と、幾度かの銃声の鳴った瞬間、目の前が赤くなった。そして、何故か鼻腔から鉄の匂いがした。

ごろっ、と何かが倒れた音がした。それは前方、そしてその何かとは——目の虚ろな、チームメイトの血で染まった姿だった。
それも、その状態が酷すぎた。体中、銃弾で貫かれた痕から血がどんどん溢れ出し、それはとどまることのない、まさに人間の死が目の前で起こったのだ。
通常なら、こんなこと起こるはずがない。血といっても、地面に点々とあるだけで、それを見たら誰が死んだのか分かるようになっている。それに、死体もすぐに消えるはずだ。だけど、死体は消えない。匂いも感じるはずないのに、確実にこれは鉄の匂い——言い換えると、血の匂いだった。

「え、あ、ぁ……」

あまりの衝撃で俺は言葉を失った。何を考えることも無く、ただ目の前の俺を見つめる死体しか目に入らない、何も考えられない。
その時、俺の方へと近づいてくる足音が前方から見えた。銃を構えている、そしてそいつは、明らかにこの目の前のチームメイトを殺した奴だった。

この目の前の死体は、いつになったら復活してくれるのだろう。頼む、復活してくれ。これはチームデスマッチだろ? いつもやっているように、復活してくれよ。その——虚ろな瞳を俺に向けないでくれ!

「う、わぁぁああ!」

ダダダダダダ! と、AK47を思い切り唸らせた。それはまるで狂ったかのように。目の前に近づいてくる恐怖を打ち消すかのように、ただ銃の引き金を引いていた。
何度も肉が裂ける音や、血の噴出すような音が聞こえた。それは自分からではない、きっと俺が今撃っている目の前の敵のものだった。
ガチッ、ガチッ、と引き金を押しても弾は出てこない。どうやら弾切れのようだった。おそるおそる、俺は目の前の敵を見た。

「ぅ、うぁっ! ぐぅぇ!」

思わず、口を押さえてその場で吐いてしまった。血みどろになったその敵は、手や足などがあらぬ方向へと向き、内蔵も何もかもズタボロになっていた。まさに、血の海の状態だったのだ。

(殺したんだ! 俺が、殺してしまったんだ!)

落ち着け、と何度言っても落ち着けられなかった。ゲームの世界だ、といくら制しても無駄なことだった。
俺の手は——真っ赤に染められていた。それは、他人の血だと分かると、俺は一層、知らぬ恐怖が盛り上がっていった。

「何だよ、これ……!」

俺はAK47にマガジンをセットし直した。震える手が止まらない。どうにか、早く終わって欲しい。そんな気持ちでいっぱいだった。
ふらつく足取りをそのままに、俺は前方後方を気にしながら慎重に隠れられる場所を探した。とにかく、落ち着こうと思ったからだった。

(どこか……どこか、ないか……!?)

すがるような思いで探し続ける。だが、そんな都合のいいものは見つからず、代わりに一線の何かが飛んできた。
パスッ! と、それは俺の腕にかすらせた。その瞬間、痛みが、俺の腕に走っていく。見ると、そこには一線の切り傷のようなものが出来ていた。前方を見ると、敵がニヤニヤしながら俺の方へと銃を向けていた。
痛みは今まで感じなかった。けれど、この激痛は本物だ。もし、これが——俺の体に、まともに直撃なんてしたら……

「う、うわああああ!!」

俺は咄嗟に逃げた。逃げるしかなかった。戦おうなんて、そんなことは思えなかった。ただただ、恐怖だったからだ。それは、紛れもない生命の危機だと体が勝手に判断したからなのかもしれない。

(悪い冗談なら、悪い冗談なら冷めてくれよ……!)

近くにあった障害物に身を隠す。そこでババババッ! と銃弾が所狭しに俺の方目掛けて飛んできた。

「ひっ……!」

身を小さくし、その小さな障害物で何とかしのぐ。
俺は、どうすればいいんだ。あいつを殺す? 何で殺すんだよ、これはゲームだぞ? いや、ゲームだから大丈夫なのか? 待て、いや——


「ミィツケタァ」


前方から、声が聞こえた。それは恐ろしい、化け物かと錯覚するほどの気色の悪い声色だった。
バンッ、と放たれた銃声。もう何も出来なかった。声も体も、何もかもが金縛りにあったかのように。

「あ——」

目は、開いたままだった。銃弾が目に向かって飛んでくるのを見ていた。だが、その瞬間、サイレンがジャングル内で鳴り響いた。それはゲームの終わりを示すサイレン。つまり——ゲームは終了した知らせだった。

銃弾は、俺の目の前で落ちた。相手が銃弾を発射したのと同時にサイレンが鳴ったので、本当にギリギリで——俺は助かったらしい。


白い光が俺を包み、消えるように俺はログアウトした。