複雑・ファジー小説
- Re: 或る日の境界 ( No.8 )
- 日時: 2012/03/20 07:19
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: /HF7gcA2)
「ッ、ぷはぁっ!」
まるで溺れそうになっていたのを、間一髪で酸素を手に入れて呼吸したかのように、俺は椅子から飛び起きていた。目がチカチカする他、呼吸がやたらと乱れていた。パソコンの画面には、昨日同様にパッチのタブのみが開かれていた。
「スタートなんて、誰が押すか……ッ!!」
乱暴にマウスを動かし、そのタブを即座に消した。
ふぅ、と大きくため息を吐く。額に手を乗せ、天を仰ぐように上へと向いた。気付いたら既に夕暮れ時で、カラスの鳴き声がカァカァと聞こえてくる。だが、それだけで、その他はもの悲しいほど静かなものだった。
(俺は、今さっきまで、何を……)
考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。あれは夢だったのだろうか。実はまだログインしてなくて、していると思い込んでいただけで、本当は寝ていただけなんじゃないのか。またログインすれば、また普通に戻るんじゃないのか。
そうした時、ふとズキズキと何かが疼くような感覚が左腕にあった。目を開け、それを見てみると——
「う、あ……」
絶句してしまっていた。
ゲーム中での出来事のはずが、現実に現れてしまっていたのだ。
それは、ゲーム内で受けた銃弾のかすり傷が、一線しっかりと残っており、血が丁度滲み出ようとしていたところだった。
このことが意味すること。それは——
「あれは……夢じゃない……ッ!」
恐怖が全身を震わせた。あれが、もし10分制のものだったら。10分制のもので、まだあれから戦闘が長引いていたら……俺は、どうなっていただろうか。確実にまず、この目や頭は貫かれていたことだろう。
そういえば、相手の様子もおかしかった。どこか、狂ったような……何かがおかしい感じがした。舌を出し、涎も垂らしながら、気色の悪い声を出して——思い出しただけでも吐き気がする。あの無残な死体。その中の一つは、俺自身が殺したものなのだ。
「正当防衛……だよな……?」
一人で呟く宛先はどこに向けられたものでもない。ただ、そう信じたいが為に呟いたのだ。
そうでなければ、やりきれない思いが膨れ上がり、あれを現実のものとして認識してしまう。ダメだ、あれはゲームだと押さえ込まなければいけなかった。この傷は、今日の学校で怪我したものだとも思い込んで。
「何だってんだ……畜生……ッ」
頭に付けたヘッドギアを地面へと投げつけ、俺はその場でうずくまった。
今日のことは、もう忘れよう。そう思って過ごすことを心に決めた。
——————————
「世界の意思。それは神の意思。意思に従わない世界など、存在しない」
少女は、そう呟いた。小さく、けれどハッキリと透き通る声で言った。
月夜の照らされた草原が、キラキラと光を反射し、ザザーっと風で靡く音が一面に広がっていく。
その中に、少女はいた。月夜の光に照らされ、辺りは暗闇の中に月の神々しい光が照らす、そんな世界だった。
少女は、そんな世界にふさわしい雰囲気を身に纏っていた。可憐なようで、凛とした表情を見せ、か弱い中に気高きものが眠ってあるような——そんな不思議な雰囲気を纏っていたのだ。
「この世界もまた、定められるのだろう。それは単に、神の曖昧な"或る日"を理由として、捻れていく」
少女は、ただ月を見つめる。白銀の長い髪を風で揺らし、赤色の眼を輝かせながら、
「——この世界は、神に勝つことが出来るのか」
たったそれだけ、少女は"言葉"は呟いたのだった。
——————————
「う……っ」
気がつくと、朝だった。あれから今日まで、俺は寝てしまっていたらしい。小鳥のさえずる声と、気持ちのいい朝の日光なども差してきている。
「お腹空いた……」
そういえば、昨日は何も食べていなかった。腹が減るのも当然で、俺は腹を擦りながら椅子の上から起き上がった——その時、
ぶみゅ。
何か、柔らかいものが当たる感触がした。それは手元からで、椅子を土台にして踏ん張り、起き上がろうとした時にこの感触が手元にきたのだ。ゆっくりと、俺はその正体を見てしまった。
「え……女の、子……?」
予想だにしない出来事が今まさに現実として起きた。
目の前に、白銀の長い髪をした少女が黒いミニドレスのようなものを着て眠っていたのだ。
「え、ええええ!?」
思わず俺は朝っぱらからすると大きな声を出してしまっていた。いや、こんなはずはない。俺はどこかやはりおかしいんじゃないのか。昨日のゲームのことだって……いや、それは思い出さないと決めたんだった。
そんなことよりも、目の前の少女が気になって仕方が無い。誰も連れ込んだわけじゃないし、何より普通に寝ているという事実がなお頭を混乱させる。
「お、起こすのもまずいし、えっと、あぁ、どうすればいいんだ……! 夢ならさっさと覚めてくれ!」
「——夢じゃない」
「うぉっ!」
突然、少女の目がパチリと開き、黒い純粋無垢な瞳が現れた。綺麗な二重で、これほどの美少女を身近で見たことは初めてな気がしたほどだった。よくよく見ると、格好こそはロリな感じはするが、大人に成長すれば凄く綺麗な女性になるだろうと容易に想像できる。
そんなことを考えながら、俺はじっと少女の顔を見入ってしまっていた。
「……おはよう?」
「……え? あ、おはよう……ございます……」
何故か敬語で挨拶してしまった。明らかに少女の方が年下に見えるというのに、何だかこの状況に緊張しまくりでどうも心が安定してないらしい。
とりあえず、少女と俺の今の状態というと、少女が寝転がって、俺を見つめ、俺は中途半端な、中腰的体制で少女を上から見つめて——
「って、これはいかんいかんいかん!」
色々気付いた俺は、咄嗟に立ち上がって何もしてません、といいたいぐらいに"気をつけ"の姿勢をとった。
「……?」
そんな俺の行動がよっぽど理解不能だったのか、小首をかしげてどこか不思議そうな顔をした。無表情な為、ほとんど変化は分からないわけだが。
「あぁ、そうだ! ええっと、君は何でここに——」
「そんなことよりも、いいんですか?」
「はい?」
突然、少女が喋りだした。それも、俺が質問をしていた時に。先に事情の方を知りたかった俺は、まさか遮られるなんて思わなかった為に、拍子抜けしたような返事を返してしまっていた。
その次の瞬間、俺は耳を疑うというより、思いもよらないことが起きてしまった。
そう、起きてしまったのだ。
「——貴方、死にますよ?」
その直後、パンッ! と、一つ乾いた音が聞こえた。それは、どこか聞いたことのある音で、バシッ、と何かが俺へと触れて飛んでいったようにも思えた。
目の前に、銃弾が飛んできていた。
「え……?」
窓を見ると、そこから得体の知らない、何かが俺へと近づいてきていた。
少女は、ただ無表情で俺を見つめ、小さくこう呟いた。
「既に始まっている。——死にたくなければ、戦うがよい」
まるで口調の違う少女の言葉は、何故か重々しく、現実という、日常ではない、これが非日常なのだと叩きつけられたかのような。
そんな、気がした。
——世界はログアウトしました。
——世界はログアウトしました。
第1話:或る日の日常(完)