複雑・ファジー小説
- Re: 龍の宅急便。 -Bring Heart to Lover- ( No.12 )
- 日時: 2012/03/30 01:05
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: OHq3ryuj)
- 参照: 実は親方はすごい人。キリアもすごい子。
二.
時刻は十一時五十五分。
かなりいざこざがあったにも関わらず結構早く着いた。が、帰りを飛ばしすぎたせいでシェヴィンはまだ寒いにも関わらず息を荒げており、僕はゼェゼェ言っているシェヴィンに謝りながら手綱を引っ張って小屋の中に連れて行って、手早く手綱と鞍を外して小屋の中の棚に押し戻し、それから走って親方のところまで戻った。
配達の道中で貰った報酬(パン除く)が入った木綿の袋を親方の机の引き出しに突っ込み、鞄は僕の部屋に置いて、転げ落ちるように階段を下りる。タタラを踏みながらわたわたと廊下を走って朝と同じドアを蹴っ飛ばすと、朝の配達員の格好ではなく、軍人さんのような——じゃなくて、ビシッとした軍人さんの格好をした親方が真顔で箱のような鞄の蓋を閉じたところだった。
僕は一瞬、親方の真顔にひんやりとしたものを覚えた。
正確にはわからないけど、僕の親方は確かまだ三十路を過ぎた辺り(少なくとも五十を過ぎたおっちゃんではない)の若い人だ。が、持っている雰囲気と目力はそこんじょそこらの軍人さんや裏通りの乱暴な人達とは比べ物にならないくらい、まるで剃刀のように薄く鋭い。十年は一緒に暮らしている僕でさえいまだに怖いと思っている。
そんな人が、王族の正規軍『聖扇騎士団(フラヴェラマ・リッター)』の正装——限りなく黒に近い茶色の貫頭衣の上に、ビックリするほど白い、胸のところに銀糸で旗を持った天使の刺繍が入った丈の長い上着を羽織り、黒いズボンに黒の底が厚いブーツといった感じのもの——を優雅に着こなし、雑多に露店の立ち並ぶ街中を足音一つ立てずに大股で歩き行く図を想像してみるといい。盗賊だって縮み上がるだろう。
しかもそれが腰に随分年季の入った、どうみても戦場で使うための重たい剣をぶら下げ、狼も視線で射殺せるほどの物凄い眼つきと悪魔だって跳ね返すほどの殺気めいた雰囲気を放ちながら歩くのだ。普通の人は怖くて近寄れない。
さて、親方とは思えない格好をした親方は鞄をドアの近くに置き、帰ってきたか、と言うついでに僕が職人さんから貰った現物支給のパンの袋を僕も気が付かないうちに掠め取ると、あっと声を上げる僕には全く構わず、中身をあらためながら若干上の空で声を掛けた。
「大隊長(バタリアン・カマンデント)から達しだ。今日は軍の様子を王様と家臣一同が見に来るんだとよ。まあ心配すんな、オレはこのとおり正装だが、お前は普段どおりのその格好でいい。厭なら一張羅にでも着替えとけ。ああ、王様が来るつっても、シェイルラッハ・フルーヴゲルの手伝いだって言や門番はいつも通り通す」
シェイルラッハ・フルーヴゲルと言うのが親方の本名だ。ちなみに。
そこで親方は一旦言葉を切る。そしてパンの袋を戸棚に放り込み、その近くの壁へメモ留めの代わりに貼り付けたコルク板に目を向け、先の丸いピンで留められた手紙(大隊長からのお達し)をやや乱暴に引っぺがしながら親方は相変わらずの不機嫌そうな(良く見ると愉快そうに笑っている)顔で、気が乗らないなら来なくてもいいんだぜ、と僕に投げかけた。
僕はまさか、と声を張り上げて慌てて首を左右にぶんぶか振りたくり、否定の声を投げ返す。
「僕も一応軍人さんから色々任されちゃった身なんだし、よっぽど酷い風邪引いてるとかならともかく、こんな絶好調のときに気が乗らないからって休むことはないよ。昨日はイヤっていうほど寝たから不貞寝するって訳にもいかないし、本を借りるには天気が良すぎて行ってる途中にへばっちゃうしね」
「そんなら休む理由はねぇな」
自分の言葉をすっぱり全否定する発言に何を覚えたのやら、ここで不機嫌そうな表情を大分和らげた親方は、無造作に歩き回りながら窓の鍵を閉めてまわった。僕も相変わらずミシミシと怖い音を奏でる階段を上がり、自分の部屋の窓の鍵を閉める。そしてそのまま出て行こうとしたけど、クローゼットと目があったので思いなおした。
配達員の服をもろとも脱いで部屋の隅のカゴに放り込み、クローゼットの中から唯一の仕立物である一張羅を——まあ、一張羅と言っても神官の略装みたいな感じだから、普段の服と形自体はあまり大差ないのだけれど——引っ張り出してやっさもっさと大慌てで着込んでしまうと、ギシギシ階段を鳴らしながら階段を降りる。すると、今まさに出て行こうとした親方とぴったり合流。
いぇい、ビンゴ。
と、何となく小躍りする暇もない。親方は両腕に抱えていた二つの鞄のうち、やや小さい肩掛けの鞄を僕に向かってみじんの手加減もなく投げ付け、僕はそれをよろよろしながらも受け取って、肩に掛けながら玄関に向かう。親方はガチャガチャとすえ恐ろしい鈍重な音が響いてくる四角い箱みたいな鞄を腕に提げ、相変わらず不機嫌そうな顔で並んでいる。