複雑・ファジー小説
- Re: 龍の宅急便。 -Bring Heart to Lover- ( No.25 )
- 日時: 2012/04/17 02:34
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: OHq3ryuj)
王様はほけらーっとしている皆のことを一回ぐるりと見渡して、それから苦笑した。
「王は誰よりも強くあれ……先代王のその言葉を信じてひたすら鍛錬を積んでいたら、結果本当に誰よりも強くなってしまった。流石に体力は落ちてしまったが、万象式を使うにかけては軍医中将、君にも勝る自信はあるよ。まあ、普段これをひけらかすようなことはしないから、軍部は軍部の方で任務をこなすこと」
ああ、足が速いわけだ。きっとあのゆったり衣装の下に思いもよらないようなとんでもない逆三角形ボディが隠れてるんだろうなあ……あんまし見たくないけど。優しそうな王様には平常のボディで十分だよ、うん。
「えー、アコナイテ大尉?」
「は……」
王様への返事とも吐息ともつかない声を肺の奥から搾り出したのは、真っ青な顔をした部隊の隊長さん、アコナイテ大尉。そりゃー、自分が今まで仕えて来た王様が実は軍医中将たる親方顔負けの実力者だなんて聞いたらボーゼンもするわな。どうりで軍の入隊試験がめちゃめちゃに難しくなるわけだ。
「どうも先程から顔色が悪いようだが?」
「己の無力と向き合っていたところであります」
なかなか哲学的なお返事。ただ、もっと単純に言えば王様との実力差に愕然としてるってだけのこと。
王様はそれに気付いているのかいないのか、浮かべた苦笑にもっと苦味を混ぜた。徐に空を仰ぐ。
「王が持っていたところで無意味な力さ。わたしは戦好きで自らも戦地に立ちたがった先代王とは違って、血なまぐさい戦争は出来うれば見たくない。確かに王は誰よりも強くなければならないが、この平和国家での王の強さとは、即ち武力でなく為政力だ。……して、軍医中将。そちらの首尾は?」
静かな声は、あっさりと静けさを解く。
静まり返るアコナイテ大尉以下部隊の皆様方を差し置いて、親方は口を一文字に引き結んだまま、がっぱりと口を開けた鞄からハサミを出して包帯を切った。そして大雑把に広げ散らした道具をていねいに鞄の中に納め、ふーっと一つ溜息をついて、それからやっと顔を上げて王様の質問に答える。
あいかわらず淡々とした、でも何処かほっとしたものも含めた口調だった。
「火が触れていた所にのみごく軽い火傷。それから髪の毛は残念ながらほぼ全滅。火傷は二日、髪の毛も二ヶ月でどうにかなります。まあ、恐らく己の居る環境と正反対の環境で力を行使されられ、ファラーメー達の心象が少し悪くなっただけでしょう。当人の管理は良いですから、彼等も本気じゃあありませんよ」
「ふむ。本気でないにしては随分と燃えたが」
「彼等は少々度の過ぎた目立ちたがりなんです。本気だったらあんな程度で火は消えません」
刹那、漂う暗い雰囲気。
僕も親方の言う「ファラーメーの本気」をよく知っている。
一年くらい前の話になるけど、別の部隊の演習真っ最中のことだった。今まで整備されずに酷使され続けてきたファラーメーたちがいきなり不満を大爆発させたのだ。それはさっきの火柱とは比べ物にならないほど太く、高く、鮮やかに紅く、より大きく渦を巻いた。銃の持ち主はその一瞬でケシズミに成り果てて、周りの半径三メートル以内にいた人までも巻きぞえになって、何人かは軍人として再起不能になってしまった。
その時僕は全力で演習場にいたほぼ全てのエルデンを動かし、親方は天候が変わってしまうほどのヴェッセラを動員して、それでもすぐには消えずに、火柱は悪夢のようにずっとそびえ続けた。
あの時の炎の赫さは、あの蛇のように蠢く渦は、あの火の粉を散らす熱い風は、今も記憶の片隅で強固に恐怖を煽り続ける。焚き火の火勢を風で煽るように。