複雑・ファジー小説

Re: 龍の宅急便。 -Bring Heart to Lover- ( No.5 )
日時: 2012/03/24 15:54
名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: OHq3ryuj)
参照: 貴族=割とお金持ち、くらいの甘い認識。

 ちょっとお粗末な木の小屋の外で石畳にぴったりお腹をくっつけ、随分と白み始めた空を金色の目だけで見上げている、鳥の翼が生えた真っ白な狼みたいなのが、僕の相棒。
 人々の間からは俗に「龍(ヴェズォルフ)」と呼ばれる生き物で、僕は個人的にシェヴィンと呼んでいる。この国——ハイリグヴァーン王制国の言葉で「美しい」と言う意味だ。実際、毛皮はどんな状況でも真っ白のままですごく綺麗だし、朝日に照らされてしゃんと座っている姿なんか、初めて見た人は多分しばらくの間見惚れるだろうと思う。
 因みに、今年で確か三十歳になるシェヴィンと十六の僕は、僕が生まれてから今までの十六年間ずっと一緒だったから、付き合いとしては相棒よりも深い付き合いだろう。でも人間と龍とじゃ人間みたいな付き合いは出来ないから、関係は相棒より深くはならない。双方それでいいならそれでいい。
 ——さて。
 そんなこんなで僕は小屋の中から手綱の付いた頑丈な皮の首輪と、同じく皮の重い鞍を引っ張り出してくると、身を起こしたシェヴィンの背に鞍を乗せて腹の下でしっかりベルトを止め、あぶみに足を掛けて一気に体をシェヴィンの背に乗せてしまう。それから身を乗り出して首輪を繋げ、右手で手綱を纏めて握り締めた。
 「待たしてゴメンよ、さあ行こう!」
 僕の言葉にシェヴィンは耳をピッピッと二回動かして答えると、一声高々と遠吠えした。そうして音もなく翼が一度羽ばたいて、真っ直ぐに伸びる石畳を家一軒分くらいを瞬きする間に走り抜けたと思うと、ぶわっと一瞬空に向かって吹き飛ばされるような感覚がして、あっと言う間に僕は空へ飛び上がっていた。
 上空十メートルまでは真っ直ぐ飛び上がり、目下に僕と親方の住む家と同じような屋根がずらっと見えるところで空中に留まったシェヴィンの首の辺りをちょっとなでてやってから、僕は白い鞄から手前から親方が配達の最短ルートの順に詰めてくれているはずの手紙を取り出す。
 上半身がヤギで下半身が魚の生き物の印璽が押してある、ちょっと分厚くて重い封筒の住所は、隣町のバデディネガン町の五区画三番地。号数まで書いていないと言うことは、賃貸制共同住宅(略してアパート)に住んでいる人ではない。かなり海に近いところで——町名は「坂の下」だけど——家を一軒構えるということは、身分は分からないけど貴族の人だろう。この手紙の差し出し主も紙が上質だし封にいちいち印璽を使うということは、同じくらいの身分の人だ。
 親方に拾われてからかれこれ十年、今日までずっと手紙配達をやっているからこの位の身分推定くらいは屁でもない。で、どこをどう行けば早く着くかの道ももう大体の住所は網羅した。
 ってな訳で、住所を確認した後は、実行あるのみ!
 「それじゃあ、行こうか。そろそろ始砲(ウェイクコール)が鳴るよ」
 そっとシェヴィンに言って、僕は手綱をちょっと引っ張る。また耳を二回動かして答えたシェヴィンは翼を羽ばたかせ、最初はゆっくりと、そして徐々に徐々に速度を上げながら、僕の手綱と鐙の指示に従って、ハイリグヴァーン王制国の城下町の上空を、坂の下町まで、僕と手紙を運んでゆく。
 耳元で風がごうごうと吹きすぎて、帽子があやうく飛びそうになった僕は、丁重に手紙を鞄の中に入れて風で吹っ飛ばないようにフラップをきっちり閉めて、それから空いた手で帽子を押さえながら飛んだ。シェヴィンに限ってはそういうことは無いだろうと思うけど、万一がある。墜落したときのためにも、手綱を掴む手だけは放せない。