複雑・ファジー小説
- Re: 龍の宅急便。 -Bring Heart to Lover- ( No.8 )
- 日時: 2012/03/25 03:42
- 名前: SHAKUSYA ◆fnwGhcGHos (ID: OHq3ryuj)
- 参照: 始砲(ウェイクコール)とは何ぞや? と言う人のために。
どんどん速度が上がる。
耳元で唸る朝の冷たい風が殆どの音を掻き消す中で、四時半を告げる始砲(ウェイクコール)が物凄い音量と残響をともなって僕の耳に届いた。この風の中でも聞こえるくらいだから毎度物凄い大音声だ。
さて、この始砲、一体誰が鳴らしているかと問われると結構面白い人達が鳴らしている。お城の近くに本部を持っているこの国唯一の軍が、訓練を始める前に行なう、総員三万人以上の軍人さんによる銃の一斉射撃(空砲)の音なのだ。
毎日毎日紙袋を破裂させたみたいな音が大音量で鳴るから、この国では朝の早い農場の持ち主とか、お城に勤める人の目覚まし時計の代わりになっている。軍人さんもそれを自覚しているフシがあるからか、祝日も休日も、この国独特の祭日「聖ハイリグヴァーンの日」の朝も、これだけは絶対に鳴らす。
多分、自分の生活で一杯一杯でせかせかしている他の国から見たら、とんでもなくくだらないことに思うだろう。どうしてこんなにも厳格な、自分の任務に関係ないことには目も暮れそうにない武骨な人達が、こんなくっだらないコトを繰り返すのかと聞きたくなるだろう。
でもそれでいい。
日夜己の技術と武器を磨き、神経をすり減らしながら危険な任務に当たるべき軍が、こんなにもくだらなく些細なことを毎日毎日、飽きもせずに出来るってことは、この国は平和だと言うことを証明することが出来る。人は平和になればなるほどくだらないことに力を注ぎたがるからだ。
でも、ほんの十七年前まで、この始砲(ウェイクコール)と言うモノはあの窓がビリビリと震えるほどの大音量どころか、空砲の一発も声の一つも無く、四時半になっても町は静寂のままだったらしい。
そう、人が余裕をなくし、くだらないことに力を注げなかったせいだ。僕が生まれるほんの少し前に家臣の謀叛で謀殺されたと言う先代の王様は、随分と乱暴で残忍な戦好きの女好きの博打好きでどうしようもなく、国中乱れに乱れきっていたらしい。家臣が怒って反旗を翻すのも当然だといえる。
だけど、僕が生まれるのと同じくらいに冠を戴いた今の王様は、温厚でお人よしで困っている人を見かけると手を差し伸べずにはいられない性格をしていて、そのことが王様自身の口から民衆に向かって公言されるくらい良い人なのだ。
そんな性格があってのことだろう、親方の曰く「生活は老若男女貴賎を問わず、驚くほど楽になった」とか。
税は物価に対して七分。平均して二割五分、厳しい国だと五割も税を取られる他国に比べると腰が抜けるほど安い。それに三つの国に跨って広がるでっかい森に暮らす龍達との関係も持ちつ持たれつの関係をずっと保っている(他の国は大体龍の棲み処を荒らしていざこざが起きている)し、他国との諍いもない。
そういう物凄く良い人柄に加え、オジサマ系の美形で恐ろしいくらい健康な人だから、この国に住む人のみならず、この大陸中の人から今の王様は「名君という言葉では足りないほどの名君」と現在進行形で称えられている。
出来るなら今の王様には百歳くらいまで長生きしてもらいたい、なんて僕も思う。