複雑・ファジー小説
- Re: 幻想狂奏曲 第零幕⇒現想 更新 ( No.1 )
- 日時: 2012/03/31 17:24
- 名前: ゆn ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)
第零幕 現想
『3月31日午前0時30分。只今入りました、ニュースをお伝えしようと思います。
本日未明——狂奏曲——と名乗る人物から、首相官邸へと無線での連絡が入った模様です。内容は、あと数時間で現在の世界は破滅を迎える。命が惜しいのであれば、狂奏曲を見つけ出し、破壊しろ。
それに対して、首相からのコメントは、これを聞いた国民全員が恐怖に震撼しているかもしれない。だがしかし、この世界には数億人もの人が住んでいる。安心して暮らして欲しい。とのことです』
老若男女問わず、日本国民に愛されていた女性アナウンスの声が消える。テレビを消したのではない。今は、桜が春を歓迎する4月1日だ。だが、並木に植えられた桜が花を開くことも、春の訪れを歓迎する鳥の声も、一切として感じることはできないでいた。
狂奏曲(ラプソディ)の忠告どおり、世界は滅びたのだ。
ビルも、東京スカイツリーも、車も、家屋も、全て崩れ、壊れ、跡形のないものもある。崩壊したビルの、僅かに残った屋上の部分からその全貌を眺める人間達がいる。彼らは、それぞれ首筋に『狂』『重』『序』の文字を入れていた。
「神谷。僕らはこれから、どうするんだい?」
南国の海よりも澄んだ、日本の海より濃い蒼をした髪がふわりとゆれた。顔全体が前髪で埋まり、辛うじて上唇だけが見えている状態だった。
隣で佇む二人の青年。彼らもまた、紅蓮の炎よりも艶(あで)やかで、真紅よりも深い紅(あか)をした髪。
北の地で降る雪よりも白く、青空に漂う雲よりも透き通った白の髪をしていた。
「ふふっ。折角世界人口の三分の一と、日本人の人口の半分は残して置いてあげたんだ。私達に立ち向かってきて欲しいものですよ」
「相変わらず変態だなぁ、神谷。全部、俺がやったんだってこと忘れんなよ? 借りは返してもらうつもりだからな」
神谷(みたに)と呼ばれた青年に、白の髪をした青年が言う。神谷は、その笑顔の裏に何かを隠しながら苦笑して見せた。それは神谷にとっての肯定でもあったのだろう。白の髪の青年は、ため息を吐き、それ以上何かを言おうとはせず、ただ正面を見ていた。
「そういえば、玄。僕にも聞こえていたんだけどさ、どうして昨日の変なニュースをipodに入れてるんだい?
もしかして、好きなの?」
玄(げん)と呼ばれた白の髪の青年は、その言葉に「特に」と答えたっきり、彼の言葉をシャットアウトした。
三人が見つめている首都東京は、瓦礫(がれき)の山と化して何が変わるわけでもなく、ただただ非情な行いの後を残していた。土埃で、全ての瓦礫は茶色の粉末をコーティングし、壁の中の鉄筋などが飛び出していた。
ボンネットが開いてしまっている車からは、どぷどぷといつ空になるのかも分からないまま、流れ出すガソリン。そのせいで一帯のにおいを、酷くきついものに変えていた。
目に映る光景の中で、悲惨すぎるのは完成したばかりの東京スカイツリーの無残な死体だろう。力ないと判断された人間は、全て消されている。このスカイツリーを作った人間達も、例外なくその中に入っていた。
だが、それを誰が気に留めるわけでもない。生き残っている日本人は、関東に数万といないのだ。北海道や九州、四国などだけがほぼ無傷の状態で残っている。
「玄の粋な計らいを、生き延びた人間達は感じて欲しいものだね」
「たりめーだ」「ですね」
神谷が独り言として呟いた言葉に、玄と少年は同時に答える。
それに笑みを浮かべた後、その場を後にする神谷に従い二人もこのビルから姿を消した。