複雑・ファジー小説

Re: 幻想狂奏曲  第一幕⇒現/第一話⇒桐城 神谷  更新 ( No.5 )
日時: 2012/04/08 10:34
名前: ゆn ◆Q0umhKZMOQ (ID: vQ/ewclL)
参照: 第一幕 現(うつつ)

第一章
第一話 桐城神谷

 
 玄の計らいで生存することが出来た各国の首脳達が国際会議を開いていることを、神谷は心のうちで願っていた。願っていた、のではなく知っていたというのが、正しかった。
 その会議の場に神谷はいない。ただ、一被害者として慎ましく静かに暮らしている振りをしていた。振りをしなければ、神谷が狂奏曲だとばれてしまう可能性があると、玄からも三広からも注意を受けていた。それに神谷が忠実に従うのは、玄のことを信用しているから。三広のことを信用しているから。二人のことを、信頼しているからであった。

「……狂奏曲。四重奏、序曲……」

 ふっと呟き、笑みを浮かべるその顔には、言い様のない不安と深い暗さが存在していた。それを、見た人間は一人として欠ける事無く『複雑そうな心境をしている』と答えるのだろう。神谷自信も、それは重々承知の上だった。

「狂奏曲は……人を狂わす夢幻の存在。四重奏は、死を重ねる…層璧。序曲は——始まりにして、終わり……」

 一面ガラス張りの部屋に差し込む、橙色の大きな大きな夕日が頷く様子を見せながら少しずつ下へ下へと下がっていっていた。首に掘られた『狂』の文字を、指先でなぞりながら過去のことを徐々に思い出していく。四年前の大きくも小さな事件を——

 2008年。この頃はまだ、日本は安定していた。この年から7年前に起こった、第二期世界恐慌の被害も全て元通りになり、また、世界経済が右肩上がりへと戻っていた頃だった。
 そんな時期、神谷はただただ、生きていることが憂鬱でしかなかった。他の男子よりも力がなく、ひ弱だった彼に目をつけた男子生徒たちが、彼を『男子専用慰み物』として使っていたのだ。
 体に傷をつけることもあれば、心に傷を負わせることもあった。一番多かったのは、そのいきり立ったモノを神谷の中へ深々と刻んでいく行為だった。
 それに、神谷が反対しなかったのが悪かったのだろう。徐々に行為がエスカレートしている事を、神谷は悟っていた。
 
 神谷が、その空間から始めて逃げ出したのは、使われ始めてから1年と2ヶ月が過ぎた頃だった。

 いつも体育館裏にある小さな用具置き場で行われていた行為を、最中で逃げ出したとしても神谷は助からないことを分かっていたのだろう。少しの期待もせずに、その行為が始まろうとした瞬間に神谷は走った。“ひ弱”だと。“非力”だと皆が思っていた少年は、誰に止められることも無く、走り続けたのだ。
 自分の力が続く限り。自分の息が上がらない限り。自分の隠れた場所を見つけられないように。