複雑・ファジー小説

Re: Another Earth 〜魔法と銃と世界と君と〜 ( No.14 )
日時: 2012/04/14 00:39
名前: アンゲル (ID: B5unmsnG)

  第9話 入国と道中


 翌日の早朝、昴は部屋をこっそり抜け出し、宿の中庭で鍛錬をしていた。使うのは銃ではなくナイフである。弾薬がいつ補充できるか分からないため、節約のために近接戦闘も交えて戦う事に決めたのだ。

「フゥッ!」

ナイフを振り、相手の喉元を搔き切る様をイメージする。短く切って呼吸をし、斬撃はなるべくコンパクトに収まるように心がける。最小限の動作で、相手の息の根を止めることを意識する。
 気が付けば、日が昇り始めていた。昴はナイフをシースに収め、手拭いで汗を拭く。

「最悪、こちらの銃を使う事も考えなければな…」

昴は小声で自分に言い聞かせるように呟いた。ナイフをしまい、昴は部屋へと戻った。
 洗面所で顔を洗い、気分を入れ替える。すると、エミが起きてきた。

「おはようスバル」

「お、おう。おはよう…」

昴はエミを見て少し顔が赤くなる。頬にキスされた、それが昴の記憶だ。

「き、昨日は突然どうしたんだ?」

昴はそこと無く尋ねてみる。

「え?何が?昨日は疲れてすぐ寝ちゃったよ。」

「・・・・・・」

何故かエミは本当に分からないという顔をしている。地球にも挨拶でキスをする国も多くあった。そういうものの一種なのだろうと昴は自分を納得させようと必死に考える。

「私寝ぼけてた?」

「い、いや大丈夫だ。何でもない。」

「そう?変なスバル…」

まるで自分の方がおかしいような言われぶりに昴はため息をついたのだった。

(なんか、これじゃあ、俺が意識し過ぎてるみたいだな…)

みたいではなく、そのまんまなのだが、昴は認めようとはしない。

「ねえ、スバル。とりあえずご飯食べ行こ?」

「そうだな。行くか。」

昴は思考を中断し、朝食を取りに一階へと向かった。

 同日の昼頃。昴とエミはウルクの町を後にし、アーク帝国国境へと差し掛かった。街道を道なりに進んで歩いていると、検問所が見えた。

「あれが入国管理所よ。関所のような物ね。」

エミが説明を入れる。武装した警備員が複数人で護衛している。入国の手続きをする場所だけあって警備は厳重だ。

「身分証の提示と入国の目的を。」

管理官が簡潔に尋ねてくる。

「神宮寺昴。観光に来た。」

「エイミア・マギット。この人と一緒です。」

昴とエミは身分証を管理官に見せながら言った。管理官は身分証の後ろのページにスタンプを押して、はい次、と言って仕事を続行した。

「ついに国境を越えたわね、スバル。」

「あぁ、そうだな。気を引き締めよう。」

国境を越えたといっても、まだしばらくは街道が続く。昴たちは歩いて首都メリュウスまで向かうつもりでいた。時折、傍らを物流のトラックが通り過ぎてゆく。

「あれは何だ?」

 昴は何かを見つける。街道脇の茂みからのそのそと出てきたのは、少々大型の熊に似た人外だった。昴は小銃を構える。さすがにナイフで対処できる相手ではなさそうだ。だが、次の瞬間…

「ギャオォォォ!!」

「っ!?」

こちらへ向かってきた熊は飛来した黒い影に遮られる。昴は視線で影を追った。だが、そこに居たのは想像の遥か上をいくものだった。

「ワイバーン級…そんな……!」

エミが呟く。恐怖に声がかすれていた。
 エミがワイバーンと呼んだそれは、全長7メートル程の蜥蜴のような生き物だ。前足には翼膜が付いていて、完全に翼の役割りをしている。獰猛そうな顔には、食いちぎった獲物の鮮血がベッタリと付着して、紅い甲殻をさらに深紅に染めていた。鋭い眼光が二人を捕らえる。エミは尻尾の毛を逆立てていた。昴も、目の前にいる今までとは桁違いの人外に足がすくんでいた。

「ギャオォォォォォ!!」

深紅のワイバーンが咆哮する。こちらを睨み付け、一気に飛び掛って来そうな勢いだ。

「よりにもよってこんなデカブツを相手する事になるとはな。エミ、下がって。」

「私も戦う!」

「駄目だ。飛竜種の甲殻は硬いんだろ?なら魔導弾を使うしかない。」

「でもっ…!」

エミが縋るように見つめてくる。

「…分かった。一瞬でいい。奴の注意を引き付けてくれ。」

「分かったわ。大丈夫、それ位なら私だって!」

エミは言うなり魔法でワイバーンを攻撃し始めた。
 エミは、魔法の誘導に杖ではなく短剣を使っていた。短く攻撃呪文を唱え、短剣の切っ先をワイバーンに向ける。ワイバーンは鬱陶しそうにエミの方を見ると翼を広げて舞い上がった。
 昴は銃を手に持ちながら走り、ワイバーンの死角へ回り込む。斜め後ろに回り、道中学んだ魔導弾を放つ。基本は他の魔法と同じく、意識を集中させて、イメージを具現化させるだけだ。貫通力強化を念じた魔導弾をワイバーンのわき腹へ打ち込む。数発は角度が悪く弾かれたが、それでも何発もの弾丸がワイバーンに突き刺さった。

「ギャァァオォン!」

ワイバーンが咆える。耳を覆いたくなるような大音量だ。ワイバーンは舞い上がり、エミの方へと滑空した。

「エミっ!!」

昴が叫ぶ。エミは横に走って逃げる。だがワイバーンはすぐに迫ってくる。

「っ!」

ワイバーンがあと少しと迫った時、遠方から飛来した弾丸がワイバーンの頭部で炸裂した。同時にスモークが展開され、辺りは煙に覆われる。

「ゴホッ、ゴホッ」

鼻の利くエミはスモークにむせて咳き込む。

「エミっ!!」

駆けつけた昴は、自分が首に巻いていたストールを取り、それでエミの口元を塞いでやる。そこへ重いエンジン音と共に人影が近づいてきた。

「貴方たち、下がって!!」

よく通る女声が響き渡った。かくして戦いの火蓋は気って落とされた。