複雑・ファジー小説
- Re: 水車の廻る刹那に【そこは変人の巣窟だった パート4】 ( No.36 )
- 日時: 2012/04/14 18:08
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
◆
まあてんやわんやの騒ぎが落ち着き、やっとのことでヒナが例の人形を持ってきた。
持ってきたのは市松人形。
「確かに、これは凄い……」
蛍の言葉に、俺も頷いた。
外見は普通だ。黒いおかっぱの髪に、真っ赤な着物を身にまとう人形。——ただ、何と言うのだろうか。雰囲気が、黒く淀んでいるような気がする。怒り、悲しみ、絶望、憎しみ……どれにも当てはまりそうで、どれにも当てはまらない様な、そんな『気』だ。
蛍は険しい顔になり、人差し指を人形の額に当てる。しばらく蛍は黙っていたが、やがて口を開いた。
「……ヒナ、ビデオカメラ持ってきて」
ヒナはすぐにビデオカメラを蛍に渡す。蛍は右の手はそのまま、ビデオカメラに左の手のひらを乗せた。——その時、バチバチバチィッ!! と電気がカメラを包んだ。だが、それも一瞬で、発光が終わると外見は変わっていないビデオが置いてあった。
何がなんやら判らないで居ると、蛍は再生ボタンを押す。すると、液晶画面が見た事もない映像を写していた。
その映像は、市松人形と一人の少女が写っていた。景色を見ると、昭和の初めごろだろうか。素朴な感じが漂っていた。
長い髪を三つ編みでおさげにした少女は、頬を紅潮させて人形を抱いている。とても嬉しそうに、そっと人形を抱きしめた。
人形も嬉しかったのか、人形の周りに包まれた空気が、とても暖かく見える。
少女は人形をとても良く可愛がった。着せ替えをしたり、ご飯をあげたり、市松人形の髪を梳いたり。少女は幾つになっても人形を可愛がった。
人形は表情こそ無かったが、それでも嬉しそうだった。人形を包む空気は、春のように暖かい空気だ。
少女は大人になって結婚しても、人形を可愛がり続けた。
——だが、それは戦争で打ち砕かれる。
食糧すら貰えない困難な状況で、人形と遊ぶことなどもってのほか。人形は物置の奥に隠されてしまった。
——寂しい。暗い。
人形の想いが伝わった。真っ暗で何も見えない何も聞こえない所で、たった一人。
それでも人形は我慢した。少女がどんな想いで自分を手放したか知っているから。
きっとまた少女と遊べる。また可愛がってくれる。そう信じて待っていた。
永遠と思われる暗闇の時間が続く。——遂に、物置の扉が開かれた。
光が差し込む。やった、と人形は想った。
——やっと、主の元に行ける。一緒に遊べる。
期待が膨らみ、また暖かな空気が流れる。
——だが、現実は残酷だった。
いきなり画面が変わる。白いカーテンが風と一緒に踊る。窓際には、綺麗な花が添えられた花瓶があった。——どうやら、病室のようだ。
白い清潔なベッドには、あの少女が横たわっていた。——やつれており、目は開いているのに何処か遠くを見ているようだ。
他の人が話しかけても、瞼すら動かさない。まるで、死んでいるようだった。
少女の瞳には、もう人形の姿は映らない。
少女はもう、人形を可愛がることすら出来ない——。
少女はそのまま、五十年という年月を生きた。
その間は何も無い。何も見えず、何も聞こえず、何も感じず、ただただ五十年の年月が過ぎただけだった。
また画面が変わる。葬式だった。人形は少女(もう老婆なんだけれど)と一緒に棺に入っていた。
これで、一緒に静かに眠ろう——そう思った時、人形は聞いてしまった。
「やれやれ。お荷物がやっと死んでくれたよ」
——下品な笑い声が人形の思考を真っ白にした。
笑い声の主は、少女の息子だった。その後に続いて、孫も親戚の者たちも下品に笑いながら言う。
「本当に。喋っても何も返事来ないしサ。死んでいるのも同然、ってかもっと早く死んでほしかったね。そしたら、治療費もかからないで済んだし、遺産もすぐ貰えたし」
「おいおい、実の祖母にそこまで言うかあ〜? ま、遺産が貰えて嬉しいけどよ。あの女、かなりの金を貯め込んでいたしな」
「つーか、廃人になる前は人形と遊んでいたんだぜ? いい大人が人形ごっこ? 笑えるぜ、頭いかれてるんじゃないの?」
下品な笑い声が響き渡った。
刹那、人形の周りに黒く濁った空気がまとわりつく。
——許セナイ……主ヲソンナ風ニイウナンテ……。
——仮ニモ息子ヤ孫ガソウ言ウナンテ……。
——金目当テデ死ネト? ソンナ、ソンナ……。
人形には、判ってしまったのだ。
何故、少女がこの世界に戻って来れなかったのか。
彼女は戻って来れなかったのではない。戻りたくなかったのだ。
人間の醜い所を、彼女はこれ以上見たくなかったのだ——……。
——許セナイ許セナイ許セナイ……。
