複雑・ファジー小説
- Re: 水車の廻る刹那に【そこは変人の巣窟だった パート5】 ( No.37 )
- 日時: 2012/04/15 16:42
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
『許セナイッ!!』
人形がいきなり喋り出した。パン、と破裂音が和室に響く。
「痛ッ!!」
それと同時に、蛍が手を引っこんだ。——指の先から、真っ赤な血が流れている。腕から、ポタポタ、と畳に血のシミが浮かんだ。
「蛍!!」
「だ、大丈夫。ちょっと油断しただけ……」
人形は相変わらず俺たちに敵意を向けている。やがて、黒い髪がうねうねと動き始めた。メデューサかよ!!
『許セナイ……人間ナンテ、醜イ薄汚イ……。穢レルカラ触レルナ!!!
待ッテイタノニ……我慢シテイタノニ!! 私ヲ……置イテ行ッタ!! 主ハ私ヲ置イテ行ッタ!!』
その言葉に、俺ははっとしたんだ。——この人形は、昔の俺と一緒だ。
辛くて、悲しくて、でも我慢しなきゃ居場所がなくて——それなのに、もう最初から居場所なんて無かったんだ。
信じていた。でも、裏切られた。
好きだったからこそ……その悲しみは大きい。
けれど……かける言葉が見つからなかった。下手な言葉を言えば、もっとこの人形は傷つくだろう。
どうしようと思っていた時、蛍がもう一度手を伸ばした。
「ッ!? 蛍、危ないぞ!!?」
「大丈夫! 今度は大丈夫やから」
ゆっくりと、ゆっくりと人形の方に手を伸ばす。
『近ヅクナ人間!!』
シャ、と蛇が牙をむくように、人形は蛍に敵意を向ける。だが、蛍は恐れずに手を伸ばした。
「ねえ、君は寂しかったんだね。辛かっただけなんだね。悲しかっただけなんだね」
『近ヅクナ!! 近ヅクナ!!』
敵意を向ける人形。それでも、蛍は優しく言葉をかける。
「ただ……貴女を可愛がってくれる女の子が、好きだっただけなんだね?」
その言葉を放った途端、人形から敵意が消えた。——それは、呆気なく。それを確認し、蛍はもう一度、人形に触れる。——そして、抱きしめた。
「——だからもう、我慢しなくていいとよ。
許そう? そう言った人たちと、貴女を置いて行った女の子を。——……もう、楽になっていいとよ」
そう言った途端、フッと暖かい空気が流れ込んできた。——そして、一瞬だったけど確かに見たんだ。
表情が無かった人形が、笑っていたところを。もう未練は無くなったのか、人形は灰となって消えて行った——。
「……何だか、呆気なかったな」
俺が言うと、勇気が付け足した。
「判っていたんだよ。回りは憎むべき相手じゃないって。……多分この子の主人は、死なない限り救われなかったのだから」
その言葉に、皆は黙った。——でも、重い雰囲気は無くなった。
生き方も考え方も人それぞれなら……救われ方も人それぞれだろう。ここだけ見て、「そんなの間違っている」って言う奴は、全く人を見てない奴だ。
この人は、頑張った。逃げずに、頑張り続けた。そして、死を迎える事が出来た。——耐えきれず逃げ出す自殺とは違う。
人形も判っていただろう。でも……やっぱり、そこまで追い詰めた回りを、赦せなかったんだろうな。
「……あの人形、もしかしたら、あの少女の魂の一部だったのかもしれないな」
蛍がポツリと言った。
「一部……?」
「あの人形のように、物が魂を持つモノのことを付喪神(九十九神)っていうんと。恨みを抱えたモノ、長い年月大事に使われ、その恩に報おうとする義理がたいモノ……でも、やっぱりそれはそれを使っていた人の心や魂が関係してるとよ」
その言葉に、俺の脳裏にヒナの言葉が浮かんだ。
——人形にだって心はあるんだよ。とても、繊細な心をね。
蛍たちは、知っているんだ。俺が知らない世界を。その中で、嘆き悲しんでいるのを。
人じゃ無くても、それが例え妖でもモノでも——悲しんでいる人が居るなら、手を伸ばすんだ。
俺は瞼を一度閉じた。
——それは、選んでも選ばなくてもいい世界なのかもしれない。だって、今まで知らなかったから。
——もしかすると、それは俺の意志なく進まされる世界かもしれない。偉大なる神の血を半分引くから。
でも、俺は——……。
キッ、と瞼を開けた。——ふっ切られたんだ。
俺は、グイ、と蛍の細い手を掴んだ。
「た、天!?」
驚いて顔を少し紅く染める蛍に、俺は救急箱(何時も持っているのだ)から、消毒液と包帯を取りだした。
「——怪我。ちゃんと手当てしないと化膿するよ」
「う、うん……」
クルクルと巻いて、終了。その様子を、回りがはやし立てた。
「——おやおや、良い雰囲気だなぁ?」
「ちょ、違うとヤマちゃん!」
「春が訪れたのかな? 蛍」
「だから違うって!!」
「照れない照れない」
真っ赤になって、俺は蛍と一緒に否定したけど、あんま効果は無かった。
——決めたんだ。俺は、蛍を——この場所を守ろうって。
今まで居た世界とは常識が違う世界。一つ間違えれば命取りになるだろう。——それでも、守り通したいんだ。
ここに居たいんだ。
この、春の陽だまりのように暖かい場所に、ずっと居たいんだ。
