複雑・ファジー小説

Re: 水車の廻る刹那に【スタート!】 ( No.4 )
日時: 2012/03/31 12:43
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)

第一話 出会いは妖の杜で

 水車が、廻る。カラカラカラ……と音をたて、静かに水が流れる。爽やかな風と、澄んだ空気はとても気持ち良い。
 周りは畑だらけでほとんど何もないが、それが俺の心にゆとりを与えた。


「天くーん、早よきんしゃいー!!」
「あ、はーい!!」


 順子さんの声が、五十メートル先からでも聞こえた。
 俺は今日から、この村で暮らすことになる。


 俺は坂田天。明日から中学二年生になる。今はちょうど春休みだ。
 今さっき俺を呼んでいたのは藤原順子さん。父の遠縁で、飲食店を経営している。身寄りのない俺を快く引き取ってくれた、とても優しい人だ。
 俺には、家族がいない。両親はとっくに亡くなっていて、何でも母親は龍だったらしい。俺自身も嘘っぽいと思っていたが、金色の瞳と時々鷹のような爪が出てしまったことから、自覚せずにはいられなかった。
 ここに来る前は施設に預けられていた。だが、そこではとても肩身の狭い日々を送っていて、今思い出すと辛いからあまり話したくない。
 俺は自分の荷物を整理する為、新しい家へ向かった。


                          ◆


「こいで大体終わりねー」
「本当に、何から何まですいません……」


 順子さんが荷物整理を手伝ってくれたお陰で、すぐに終了した。俺が遠慮がちに言うと、バシッバシッ、と順子さんが俺の背中を叩く。


「なんば言うとると!! これから家族やけん、遠慮なしよ!!」
「は、はあ……」


 とても痛い。が、それ以上に嬉しくて、俺は何を言えばいいのか判らなかった。こう言う時、口下手が嫌になる。


「そいぎ、もう終わったことだし歩いてきんしゃい! ここの土地は気持ちよかよ?」
「は、はい」
「あ、晩御飯までには帰ってきんしゃい! 会わせたか人がおっと!」
「は、はーい!!」


 俺は順子さんに追い出されるように、家を出た。本当は家に居たかったが、順子さんの迫力には負ける。

 俺はブラブラと道路を歩く。左右は畑だが、通っているのはアスファルトで出来た道路だ。こんな田舎でもアスファルトはあるんだな。
老夫婦が畑を耕している様子を見て、思わず「お疲れ様です」と声をかけると、老夫婦は笑いながら「ありがとう」と言ってくれた。
その時初めて、笑顔ってこんなにも心うつんだな、と心の底から思った。言葉に出来ないけれど、とても嬉しく感じた。




 ふと、俺の目に森が映った。


(あれ、『となりのトトロ』のような森だな……ってか、トトロだろあれ)


 そう。森の形が俺には『となりのトトロ』のトトロのように見えた。余談だが俺はジブリ作品が結構好きである。特に『となりのトトロ』や『風の谷のナウシカ』は。
 俺は森につながる道を見つける。一瞬、森はあまり近づかない方がいいと思ったが、好奇心に負けてその森に向かった。
 道のすぐ傍に川が流れていて、その川沿いに見事な桜の木が並ぶようにそびえたっている。泳げそうな川で(『水遊びには注意してください』と書いてあるから、泳げるのであろう)、せせらぎ音が心地よかった。




 のびたい放題の雑草をかき分けると、木々の間から建物のようなモノが見えた。どうやら、中は神社のようだ。
 質素な神社で、さほど大きくは無い。スギの木に囲まれていて、周りは少し暗かった。
 けれど、とても空気が綺麗で、落ちつく空間だった。土を踏みしめると、下に地下水が流れているようで振動が伝わる。それがとても心地よくて、思わず耳を澄ましてしまう。
 ……ここまで心を落ちつかせたのは、何年ぶりだろうか。もう随分と久しぶりだと思う。


「施設に居た時は色々大変だったからなあ……」


 独り言をつぶやく。俺の声が、静かに森に響いた。

 ふと、上を向くと大きな楠があった。どうやらこの神社の御神木ので、そのちょっと向こうには鳥居があった。どうやらあっちから通らなければならなかったようだ。
 その鳥居の向こうから、人影が見えた。


「タケちゃん何時の間に順子さんから貰うた特製おはぎ食べたと————!!」
「タケちゃん呼ぶな——!! お前は年輩者の気遣いと言うのが無いのか——!! というか私はこの神社の神だぞ!? あのかの有名な『古事記』と『日本書紀』に出てくる神だぞ!? 祟られてえのかコラ————!!」


 人影の正体は——巫女姿の女の子と、今はやりの某ケータイCMに出てくる『お父さん』……の、ような犬だった。つまりその犬は真っ白なわけで。
 ただ、犬ではないだろうな。——なんたって、女の子と普通に会話しているのだから。異形のものだろうか。それにしても、あんなふうに仲良く口喧嘩する妖と人は初めて見る。
 ——徒人には、妖を見ることは叶わない。そして、妖は人を襲うモノ。
 ……自分にもそんな血が流れている思うと、吐き気がした。人を襲うモノの血を、引き継いでいるなんて。


「何ですって!! 大体、あーたは……」


 言いかけた所、女の子は俺に気づいた。
犬と口喧嘩していた為、下を向いていた顔が良く見える。鮮やかな黒い髪を二つに結い、胸まで下がっていた。凛とした顔立ちは、とても綺麗だ。
 そして、瞳がとても印象的だった。深い藍色の中に、白い光があり、それがとても幻想的のように感じた。

 見惚れていると、女の子はこっちに来て、いきなり手を握って言った。


「あ、あーた(貴方)、順子さんの家へ引っ越してきた子?」
「あ、ああ……」


 言葉を濁すと、その子はパアアと笑って、


「初めまして!! 私の名前は乙音蛍と言うと、よろしくね!!」


 そう自己紹介した。


「お、俺は坂田天、です。よろしく」


 勢いに気圧されながらも自己紹介をする。
 ふと、俺の手に添えられた蛍の手の体温が伝わった。とても、暖かくて、心が少し軽くなった。


「……おい、そいつ戸惑っているぞ」


 犬の言葉に、はっとした蛍が手を放す。
 少し名残惜しいと思ったのは気のせいだろうか。


「ご、ごめんなさい!! いきなり、手ば添えたりテンション上がったり……新しい友人が増えると思たら、嬉しくて……」


 しゅん、と落ち込む蛍。どうやら浮き沈みが激しいようで、俺と同じ歳のようだが、その様子はまるで幼い子のようだった。その様子に思わず、薄く笑みを浮かばせた。


「大丈夫だよ、ありがとう」


 そう一言告げると、蛍はまたパアアと笑った。