複雑・ファジー小説

Re: 水車の廻る刹那に【龍と人の子パート5更新!】 ( No.77 )
日時: 2012/05/20 18:39
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)







 ジャ●コには、休憩所の個室バージョンがある。そこを使わせてもらったったい。
 フカフカのソファーに苦しんでいる彼を寝かせ、私はお茶を取りに行く。

 ……そういや、薬局で買った薬があったな。使おう。
 だったらお茶じゃなくてお水がいいかも、と水に変更したったい。



「天—、お水持ってきたよー」




 一応言ったが、ソファーの向こうには返事は無い。




「……天?」





 ひょっとして、気絶した!?
 慌てて天の方へ駆け込む。

























 ——その時、私は見たったい。
 天のが、鑰爪に変化しているのを。










「——!?」



 鑰爪だけではないと。黄金の鱗もついて、龍らしかった。




「——…見られてしまったなあ」
「天、その手は一体……」




 声が上ずる私の声を、乾いた天の声が掻き消した。




「……俺は龍だから。この時期になると、妖力が高まって良く倒れたりこんな手になってしまうんだ。……俺のことをよく知っているアンタでも、この事は知らなかったか」
「か、かか……」
「ん?」




 私は思わず、言ってしまったったい。




「カッコいい……!!!!!」
「……へ?」
「その鋭い爪も、月の様な鱗も、とてもカッコええ 龍ってみたことなかったけど、こんなに綺麗とね!!」






 そう言ってから、思わず口を塞いだ。







 ……私、何言ってると!?
 彼が私に隠したいと言っていた。なら、彼にとっては、あの手はコンプレックスなんじゃないと!?


 なのに、私はなんつーことを……!




 謝らなきゃ、と想って謝ろうとしたとき。
 先に、天が口を開いた。







「……昔、そう言って褒めてくれた子が居た」

「……え?」
「……本当に小さい頃の話だけどな。俺より少し年上の女子に、そう言ってもらえた。
『本当に綺麗な瞳と、腕を持ってるね』って」


 …楽しそうに話す天の様子に、ちょっとむ、としたったい。


「……そいつも、妖を見る目を持っていて。たまに施設に遊びに来てくれて……毎日がとてもとても楽しかった。
 施設では良くいじめられていたのに……そいつだけは、優しくしてくれた」
「……そう。その子はどうしたの?」



 ちょっと、意地悪な聞き方しちゃったと。
 でも、言った言葉は取り返せないったい。


































「……俺が、傷つけた」









 はっと見ると、天は泣いているように見えたったい。
 涙は出ていないと。泣いているのは心。
 涙を堪えているのか、それとも枯れてしまったのかは私には判らないけど。









「……そうだ。丁度、誕生日の日だった。
 妖力が強まって、高まって……一緒に遊んでいたあの子を、この手でッ……」



















 ……その言葉を聞いて、一瞬で理解できたったい。



























 何で、天があれほど人を怖がるのか。
 何で、天があれほど寄りかかることを恐れるのか。
















 ……それは、彼に大きなトラウマがあったから。
 なのに、私はそんなことを考えないで、「素直に人に頼れ」と言って……。どれだけ無神経だったとよ。



「……その後、その子がどうなったかは知らない。ただ、一命は取り留めたと風の噂で聞いた」
「……そう」


 生きていた、という言葉に、ちょっと私は安堵したと。
 …それでも、彼の傷は癒えていないだろう。



 ……天はどんな気持ちで、傷を抉る過去を私に話してくれたのだろう。
 あっちの天は、施設に居た頃の事を殆ど話してくれなかったと。私はそれに、時折イライラを感じていたったい。……今思えば、それは当たり前のことで。



 やっぱり、聞かないほうが良かった。聞くとしても、天が笑いながら自分から言ってくれるようになるまで待ちたかった。
 天のことを知りたいと思ったのは、私自身なのに。
 こんな、天の悲しそうな顔と引き換えに、辛い過去を聞きたくは無かった……。





















「…ゴメン」




 ふと出た謝罪の言葉。
 判ってる。判っているとよ。謝れば謝るほど、天を傷つけることぐらい。














「ごめんなさい…………!!」









 でも、止まらない。
 謝らずには、居られない。
















「……何で、アンタが泣いてるんだよ」




















 天の言葉に、自分が泣いていることに気付いたったい。
 どうやら、止まらなかったのは、言霊だけじゃなかったと。






















「……だって、だって……」
「……本当に、変な奴だな。
 人を信じていれば裏切られるし、裏切られれば信じている分傷つくし、自分が惨めになるし……なのに、アンタは何で」






















 顔を上げると、天が本当に不思議そうに、































「なんで、見返りを求めずに、そんなに人の為に尽くせるんだよ」
























 ——そして、何処か嬉しそうな顔で言った。
























「そんなのッ……」

























 知らないったい、という言葉が、出なかったったい。
 嗚咽と涙が、言霊を放つことを邪魔した。















——そんなの、知らないったい。
 ただ、『天』だからそうしてしまうとよ。

 そう、言いたかったったい。