複雑・ファジー小説

Re: 水車の廻る刹那に【そして彼女は弁当を投げた パート2更新!】 ( No.93 )
日時: 2012/09/15 20:40
名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: FIlfPBYO)



「「お、終わったー!」」


 最後の枯葉をちりとりに入れた後、俺と蛍は叫んだ。
箒を放棄し、(あれ、ダジャレ?)デーン、と神社の階段の所に座る。
 半袖のシャツは汗でびっしょり。五月の朝とはいえ、掃除をすると結構暑くなるのだ。


「おきつーござんした」


 蛍がそう言って水筒を空け、コップにカルピスを注いでくれた。


「お、サンキュー」


 一応礼を言ってから、飲む。
 冷たいカルピスが、渇いた喉を潤していった。


「改めて思ったんだけどさ…ここの境内、結構広いよなあ」
「うん、今は寂れてしもうたけど、大昔は櫛田三所大明神って言われるほど、有名だったとよ?」
「櫛田三所大明神?」



 良く判らない俺が繰り返すと、蛍はニコニコと笑いながら言った。



「櫛田宮っていうのは、市役所の近くにあるばい。高志神社は、狂言が有名で…この二つは、こことは違ごうて、もっともっと、立派な建物ったい」
「へぇ……」


 初めて知らされる事実。凄いな、と思う反面、何処か寂しいな、と思った。

 そうやって、また一つ、また一つ、と小さな神社は消えていく。
 ここは、蛍とヤマちゃんが何とかしているみたいで、消えることは無いんだろうけれど。でも、小さな祠や神社は、開発なんかで取り壊されてゆくのだろう。何て罰当たりな、って俺は思う。それが半分龍神の血を引いているからなのかは判らんが。























「…変わらんモンは、何一つないんじゃよ」


 俺の心がわかったように、蛍が口を開いた。


「権力者でも、大金持ちでも…何時かは、それも消える。物は消え、命は土に返り、やがて存在も忘れられる。それは、人も、妖も、神様も同じったい。だから皆、一生懸命生きとるんじゃ。
 生まれて、そうして消えていく。一見無駄そうに見えるけど、そうじゃないんよ。
 大切なのは、どうしたかじゃない。どれだけ精一杯生きたか、ってことなんよ」


 そう言って、蛍は微笑む。
 哀しい笑みだった。
 蛍の瞳に宿る、蛍火のような光が、一瞬、陽炎のように揺らめいた。
 けれど、すぐに明るい笑顔に戻る。


「あはっ。私らしくないこと言ってしもたわ!
 でもどう? 詩人みたいじゃったろ?」
「あ、ああ」


 蛍の屈託ない声に、ようやく俺は我に返る。

 …けれど、俺には、その蛍の笑みが、実は本当の蛍なんじゃないか、と想った。






 あまりにも寂しそうだったから。
 あまりにも哀しそうだったから。


 でも、蛍の言っている事は、俺にはイマイチよく判らなくて。













 ——その真意が明らかになるのは、また少し、先の話になるんだ。



















































「…さて、掃除が終わったところで、回覧板届けにいかんと」
「回覧板?」
「仁比山神社にばい。
 さっきも言ったとおり、この神社は結構経営難とよ。だから、近所の人とか、仁比山神社の神職さんたちに手伝ってもらっとる。
元々、昔に仁比山神社と合併する、って話が上がっていたほどったい」
「良く、残ったな」


 俺が素直に言うと、蛍はニパ、と笑って言った。


「この神社も、地元の人には愛されておるから。
 その人たちのお陰で、ここは存続できとるんよ」
「へえ…」


 それには、なんかいいな、って思えた。
 助け合い、支えあう。それは、とても暖かいモノだから。
 それは、人の繋がりも、妖の繋がりにも似ている。
 人は独りでは生きていけないし、妖もまた、誰かと繋がっていないと、消えてしまう。


 案外、神社っていうのも、生きているものとそうそう変わらないんじゃないか、って思った。



「…で、どうする? 行く?」
「行く」


 蛍の問いに、俺は即答する。
 蛍はまた、ニコリ、と笑った。


                       ◆


 田んぼが脇にある道を通り、北へ向う。
 田んぼの代わりにある、住宅に囲まれた坂道を歩くと、公園がある。
 その先を登ると、鳥居と階段が存在した。どうやら、ここからが参道みたいだ。


「…そういえばさ」


 階段を登っている時、ふと俺は思い出した。


「ここには、最近引っ越してきた冬風さん、ていう人が住んでるんだよな?」
「うん」
「…俺、その人の名前、覚えがある気がするんだ」


 そう言うと、俺よりも前に歩いていた蛍の足が、ピタリ、と止まった。


「…何処で?」
「いや、俺も判んないんだけど…」


 胸がざわつく。血が騒ぐ。
 その人の名前を聞くと、落ち着かないんだ。
 なのに、思い出そうとすると、黒いモヤが俺の頭を包む。

 そう言うと、蛍は振り返り、意地悪っぽい笑みで言った。



「案外、あーたの初恋の人かもよ?」
「まっさかー」


 俺は呆気らかんと返す。
 判らんよー? と繰り返す蛍に、俺はあり得ないと繰り返し返した。