複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1000突破感謝】 ( No.116 )
日時: 2013/03/17 17:23
名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: 3Oig7PbJ)

「それでは行きましょうか。——と胸を張って言いたいところなんですけれど」
 玄関先に立っている有理の元へと桔梗がたどり着いた途端、言われた台詞がこれだった。
 彼女の表情は、顔が俯きかかっているため分からなかったのだが、背で交差した両手の指がせわしなく動き続けていることから、何かを躊躇っているのだと察することが出来た。
「実は……桔梗さんの護衛役を代わるのだと伝えられたのが今朝でして、時間が無かったために通学路を確認することが出来なかったのです。本当に申し訳ありません」
 たかだか通学路を確認できなかった、というだけの話を、さも深刻そうに——まるで重大な秘密を打ち明けるかのように——話す有理が可笑しく見えて、桔梗は思わず笑いそうになってしまった。

(さすがに笑っちゃマズイよね、これは)

 このように考え、笑い声をあげる寸前でこらえたのだが。
 代わりと言っては何だが、桔梗は価値観のズレを修正しにかかる。
「ただ通学路を確認できなかったってだけの話ですし、そんなに気に病む必要はありませんよ。それに、気分によって通る道は変えてるので、決まった通学路とかは無いんです、私達。最近はあやめが最短ルートを見つけ出したので、そこを通ることが多いんですけどね」
 あの子数学馬鹿だから、と最後は笑いながら結ぶ。
 短い言葉ではあったものの、それこそが最も大きな効果を発揮したようだった。——有理が、ようやく顔を上げてくれたのだから。

「本当にすみません。そういった訳で、案内は宜しくお願いします。その分、普段以上に気を引き締めて任務にかからせて頂きますので、どうかお許しくださいね」

 その宣言に一切の嘘はなかったらしい。
 桔梗が義務感から一応「お願いします」と言った途端に、有理は背負っていたリュックサックから「それ」を取り出した。
 見慣れないモノに、桔梗の声も多少怪訝そうなものになる。
「……それ、何ですか?」
「これですか? ——見ての通り、仮面です」
 「それ」とは、丁度有理の顔を覆える程の大きさの仮面だったのだ。
 おそらく木で作られているであろう仮面は、全体的に白く塗られていて、所々には細かな模様が描かれていた。
 視界を完全に閉ざしてしまわないためだろう——目がくる辺りには、小さな丸い穴が開けられている。
 だが、気になっているのはそういうことではない。
「いえ、あの……どうして仮面をつけるのかな、って思ったから……」
 ようやく有理にも質問の趣旨が伝わったらしく、
「ああ、そういうことでしたか。えっとですねえ、視界を極端に狭める代わりに、視えている部分をより鮮明にする——というか、視野は狭まるけれど、その代わりに大幅に視力……みたいなモノを上げる術があるんです。それは私の家に代々伝わるものなので、他の一族さんでは見かけないのですが。ですから、驚かれるのも当たり前ですよね」
 一気に答えが返ってきたために、頭が混乱しかかっている桔梗のためにも、更にかいつまんで説明しよう。
 有理の出身一族には昔から伝えられている術がある。それは、視野を極端に狭める代わりに、視えている部分に、本来なら他の部分を見るために使う視力を充てて、「目」の精度を大幅にあげるものである、ということだ。
「つまり……更に心強くなった、って考えればいいんですかね」
 どうしても理解しきれない桔梗が苦し紛れに発した言葉だった。
 有理にもそれは勿論伝わっていたのだが、まるで何にも察していないかのような、ごく自然な態度で応じてくれる辺りが、彼女の優しさを物語っている。

「そうですね、どんどん頼っちゃっていいですよ!」