複雑・ファジー小説
- Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1000突破感謝】 ( No.119 )
- 日時: 2013/03/22 15:06
- 名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: pK07DWyY)
通勤、通学時間帯のためか、桔梗達の脇を通り過ぎていく人も多く、その人の多さが二人の警戒心を高めていった。
そうして多少の我慢をしながら歩き続ける事、数分後——ついに耐えかねたのか、桔梗が口を開いた。
「すみません、道順変更していいですか」
聞かれた有理も、先程からずっと高い集中力を強いられてきたせいでか、その顔には汗と共に疲労の色が窺える。
「——勿論、大賛成です」
有理がそう答えるやいなや、二人は示し合わせてでもいたかのような動きで同時に駆け出し、暫くしてからようやく一息ついたときには、全く人気がなく、水を打ったかのように静まり返っている道に立っていた。
アスファルトで舗装はされているものの——随分長い間手入れがされなかったのだろう——所々剥がれおちて土がむき出しになっている。そこからは様々な種類の芽が顔を出していて、なかには成長し過ぎたらしく、子供の背の丈程の高さにまでなっているものもあった。
道端には「入居者募集中」と赤いペンキで大きく書かれた看板が掲げられている、ガラスの割れたアパートやら、「働き手大募集中!」という殴り書きの張り紙が、すっかり黄色くなったセロハンテープでかろうじて留められている、歴史を感じさせる建物やら——とにかく、どれも「廃れているように見える」という共通点を持っていた。
乱れた呼吸を整えつつ、桔梗は有理に問う。
「それで、一体何を見つけたんですか?」
桔梗の口からその質問が発せられた途端。
——聞き覚えのない声が耳元でそっと囁かれた。
「ハジメマシテ、彩蓮さん」
その蜜のように甘い声は、耳にねっとりと絡みついてくるようで、何かを狂わしてしまうような、怪しげな香りを漂わせている。
「————!!」
一拍置いたのち、はっと我に返った様子の桔梗が慌てて後ろを振り向き、その「誰か」を片手で思いっきり突き飛ばした。
即座に背負っていた日本刀を鞘から抜き、両手で体の前に構える。
「何者!? さっさと名乗りなさい!」
抑えようとはしているものの、動悸は激しくなるばかりだ。
たった今、目の前で起こった出来事はまったく現実味を持っておらず、意識はどこかがふわふわと浮いているように感じられて、怒鳴りはしたものの、どこか夢心地のままだった。
(何で……今まで「全く」気配を感じられなかったことなんて無かったのに)
「誰か」が声を発してくれたおかげで、桔梗はようやくその存在に気付く事ができたが、もし相手に敵意があったとして、声を一切出されていなかったのであれば——。
「アンタ、死んでたよ? もっと警戒心持っておかなきゃ駄目だかんね」
「……そっちは何者」
「ああ、ワタシ?」
待ってました、とでも言わんばかりに笑う。顔を歪ませながら笑うため、とても恐ろしげな形相になっていた。
「ワタシはですね——」
その後に続く筈だった言葉は、有理によって消された。
「桔梗さん、避けてください!!」
「はい?」
桔梗の頭の思考速度が追いつく前に、有理は助走をつけてから地面を蹴って飛び上がり、その「誰か」の頭上へと舞い上がった。
飛び上がったことによって、有理の羽織が風を受け、丸く膨らむ。
それによって僅かに速度を落としながら、狙いを定めた様子の有理は、完全に重力に身を任せながら、地上へと近づいてくる。
「——悪しき者は、滅んでください」
風を切る音が邪魔をしていたが、その有理の思いは地上へとしっかり届いていた。
その刹那、派手な衝突音と共に——眩い光が、辺りを覆い尽くした。