複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1100突破!!】 ( No.133 )
日時: 2013/04/26 17:36
名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: LUvOmhTz)

 白い煙は、それを中心にして渦を巻いていた。——次第に薄くなっていく煙の隙間からは、人の膝丈くらいの小さな姿が窺える。
(……あれは、猫)
 ようやく晴れた視界には、尾が二股に分かれている猫の姿があった。
 全身を黒い毛並で覆われており、尻尾は付け根の部分で二つに分かれている。頭には何故か、小花模様が美しい白地の手拭を被っていた。

 二股に分かれた尻尾、それに、頭に被った手拭。

 桔梗は、いつか読んだ資料を頭の隅っこの方から引っ張り出して、この式神の名前を思い出そうとした。
 ただでさえ少ない睡眠時間を更に削って詰め込んだため、桔梗の妖怪に関する知識にはムラがあるのだが、有名所は一通り押さえている。
 朧げな記憶を手繰り寄せ、ようやく名前を思い出すことができた。

「妖怪、猫又ネコマタですか」

 だが、桔梗の記憶によれば、猫又は人を食い殺したりする獰猛な妖怪でもあった筈だ。有理は、そのような妖怪を手懐けた、ということなのだろうか。
 桔梗の心を見透かしたかのように、有理は答えた。

「先程も言ったように、私は少し妖怪の力を持っているので、他の陰陽師の方よりは頭一個分くらい強いんです。ですので、ちょっとくらい獰猛な妖怪を手懐けて契約するのだって、ね。とっても簡単に済んでしまいますよ」

 そう笑って言いながら、人差し指と中指で挟み込んだ式神召喚用の札をひらひらと振る。
「因みに、名前は猫又の夜伽ヨトギです。いつか私が死んだら、一晩中傍らで弔ってくれるんですって」
 くすくす、と面白がる有理の口調に、夜伽はそっぽを向いた。
 表情は見えないが、口調から大体察しが付く。

「無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ。……まったくぎゃあぎゃあ騒ぎおって」

 これさえも有理のからかいの種である。有理は夜伽を指さして、更に続けてみせた。
「ほらほら、いっつもこんな仏頂面しているんですよ。まったく我が式神ながら、真面目で素直な良い子です」
「うるさいわな!! 黙らんか!」
「そんなに照れないで下さいってば、ヨトギさん」
「手前にさん付けされると、気持ちが悪くって、鳥肌が立つわ」
「それは言い過ぎですよー」

 この光景はアレだ、雫と三郎のコンビを思い出させるのだ。
 桔梗は雫達にはまだ会ったことがないからわからないだろうが、一度でもあの二人の空気を吸ってみれば、一瞬で理解できる筈だ。
 術者と式神——術者と使い魔の関係はこれが最も良いのだろうか。二組も同じであれば、こう思ってしまっても仕方ないだろう。


「よしっと」

 
 不意に有理が表情を固く引き締めた。
 ただ優しいだけの有理ではない。——これこそが、陰陽師の有理の姿である。
 厳しいだけでも、優しいだけでもなく、弱い訳でも、圧倒的な力を持つ訳でもない、全日本陰陽師連合に所属する安城有理の姿だ。

「それじゃあ、少しばかりお付き合い願います、妖怪さん」

 こちらは夜伽に向けてだ。

「久々の闘いだから感覚が鈍った、なんてことないでしょうね」
 ワザと小馬鹿にするような口調を作っている有理に気付いているのか、気付いていないのか——夜伽はただ黙って、妖気だけを発した。
「そう、それでは任せましたよ、ヨトギ」