複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1300突破!!】 ( No.143 )
日時: 2013/06/20 15:45
名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: IWyQKWFG)

 辺りの空気は、時が過ぎると同時に重みを増していくようで、腕を僅かにでも動かそうものなら、普段とは比べ物にならないくらいの重圧が感じられた。
 ヨトギと小心妖怪の間で張りつめていた緊張の糸が、ふっと一瞬だけ緩み——そして、一気に弾け飛ぶ。
「この、のろま妖怪めが!」
 そう叫びながらヨトギの脚が地面を蹴りあげた瞬間、



「おやめさない、御二方」



 桔梗にも見覚えのある一つの影が、向かい合っていた妖怪たちの間に滑り込んだ。
 風になびく栗色のおさげ、真新しい色合いのブラウス、反対に砂埃にさらされているスカート。そして何よりも、見覚えのある、このシルエット——。

「あやめ!!」

 驚きと喜びが半々に混ざったような桔梗の声に反応して振り向いたその顔は、あやめ以外に間違えようもなかった。

                *

 いつもよりも髪のウェーブの仕方が強い、ということと、口調が大人びている、ということの二点を除けば、普段と何一つ変わらない様子のあやめに、桔梗の頬は思わず緩み、膝からは一切の力が抜け切ってしまった。
 半ば崩れ落ちるような恰好で桔梗は地面に座り込む。

「……もう、今日に限って寝坊するなんて」
「ごめんごめん、さすがの私でも睡眠時間一時間以下ってのはキツくてさ。取り敢えず二時間は寝てきたから、今日の昼間ぐらいは持たせられると思うよ」
「一体昨日は何時ごろに帰ってきたんだかって、考えるだけでぞっとしちゃう」
「えへへ」
 あやめは、目を三日月のように細くして笑い、頭を掻く。
 
 そして再び目を見開いたとき、あやめの瞳には、あの真剣な光が宿されており、表情も、引き締められたものに変わっていた。

「というかね、ききょうちゃん——今キミ、命奪われかかってんのよ?」

 いつもならぱっちりと大きく開かれた、非常に愛らしい印象を与える瞳の変わり様は、なかなか慣れることができないもので——それだけで桔梗は、今現在、自分が置かれている状況を思い出すことが出来る。

「……そういえば、そうだった」
「や、忘れちゃダメだよん。たった一つしかない命なんだから、ちゃんと大事にしてね」

 それと、と続ける。

「既にお話は伺っていました。安城家の式神使い、有理さんですね?」
 まさかこのタイミングで話が回ってくるとは思っていなかったらしいが、それでも大変に落ち着き払った様子で、有理は振り向いた。
「ええ、そうです。私が安城有理です、初めまして。あなたは——」
「もうご存知かもしれませんが、初対面の挨拶くらいは私からさせて頂きたい。星宮家、現在当主行方知れずのために代理を務めさせていただいています、星宮菖蒲と申します」
「あやめさん、ですね」
「はい。私の勝手により、このような仕事を押し付けてしまって本当に申し訳ありませんでした」
 しゃんと背筋を伸ばしながら謝罪するあやめの姿は、それだけで大人びた雰囲気を感じさせる。
「いえいえ、気になさらないで下さい。丁度暇を持て余しておりましたので、朝一番の任務としてはなかなかの好条件でしたし、逆にありがたかったです」
 一応の社交辞令のようなものを済ませると、あやめは小心妖怪の方へと視線をやった。
「ときに有理さん、あいつは一体何者です? まあ、大体の察しはついているんですが」
「……『ハチ』です。先程襲撃を受け、現在までなんとか引き伸ばしていました」
「何故です?」
「私はあまり戦闘向きではないので。治癒能力は高いですが、得意なのは全く別な分野です。ですので、ご当主がいらして下さって、本当に助かりました」
 真っ直ぐな有理の言葉に、あやめも多少は照れ臭い気持ちになったらしい。

「いえいえ、私自信あまり多きな力の持ち主ではありませんので。どちらかといえば弟のほうが潜在的な能力値は高いですし……まあ、性格がアレなので、総合的に見れば、結局私と同じくらいの実力なんですが、ね」