複雑・ファジー小説
- Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1300突破!!】 ( No.148 )
- 日時: 2013/06/30 20:41
- 名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: e8wVXKbC)
「——厘銘」
あやめは自らの使役する妖怪の名を呼んだ。そして、彼女が現われるのを待とうともせずに、そのまま小心妖怪へと駆け寄って行く。
何処から取り出したのか、その手には、桔梗が使っているのとよく似た呪符が握られている。
遠くから一瞬だけ伺い見れたあやめの瞳には、妖怪を滅するということに対しての迷いなど欠片も映っておらず、彼女の陰陽師としての一面が強く印象付けられた。
「陰陽五行、相生——水生木」
その声は小さい割にはよく通り、妙に耳に残るような響きを持っていた。
陰陽五行。その単語は、がむしゃらに妖怪の知識を詰め込もうとしていた頃の桔梗の記憶を引き出した。
(確か、陰陽説と五行説が合わさったものだったはず……)
ここで少し解説を入れよう。
陰陽道、や、五行という言葉を聞いたことがある人は多いだろうが、その実態を知っている人はその中でも限られてくるだろうと思う。
五行思想とは、元素を木行、火行、土行、金行、水行の五つに分けたものであり、それらの間では相生、相剋、比和、相乗、相侮の関係が成り立つとされている。
ここであやめが使おうとしているのは、その内の「相生」という、順送りに相手を生み出して行く、陽の関係である。
「水生木」は相生の関係の一つで、水が木を生み出すというものだ。
あやめが持っている呪符には、五獣の中で「水」の性質を司る玄武が描かれており、これによって水の性質が宿されているものだと見なされた。
「発!」
短く叫ぶと同時に、光を放ち始めた呪符を小心妖怪に向かって投げる。——呪符は、その妖怪より少し手前で、空中に浮いた形で止まり、もう一度強く発光した。
反射的に強く閉じてしまった瞼をゆっくりと持ち上げると、そこには、太い木の幹と頑丈そうな蔦によって作られた、球体のような形をしたモノが出来ていた。
「あやめ、これって」
「見ての通り、「木」だよん。よーく生い茂っているでしょ」
「いや、そうじゃなくって……」
「だから「木」だってば。さっき言ったように、水生木。雨が降るから、植物は育つけど、反対に水が無ければ木は枯れちゃう、ってことだよ」
あやめの返事は、いまいち的を得ていないものだったが、取り敢えずここにあるものが正真正銘の「木」である、ということだけは分かった。
他にも何か分かることがあればと思い、桔梗は辺りをざっと見まわした。
——と、それまで沈黙を守り続けていた有理が、不意に口を開いた。
「あの木の中には、あの妖怪が閉じ込められたのですよ、桔梗さん」
「え?」
「よく辺りを見て下さい、先程まではそこらへんで調子をこいていた妖怪殿がいなくなったとは思いませんか? ヨトギもつまらなそうにしています」
言われてみると、成程、その通りである。
ヨトギはいかにも退屈そうにして、有理の足元に座り込んでいた。
「これが、星宮のご当主さんの力です。五行を自由に使いこなすとは聞いていましたが、正直、ここまでとは思っていませんでした」
「ちょちょちょっと、止めてくださいよ、有理さん! 私だって万能じゃありませんよ! 一番得意なのが、水行だったってだけですから!」
さて、とあやめが言う。
「厘銘、後は宜しくね」
いつの間にか実体化していた厘銘が、あやめの背後で頷いて、すっと踏み出した。
「有理さん、朝から有難うございました。もう遅刻は決定だと思いますけれど、私達は一応学校に行きます。後の片づけは厘銘に頼んでおいたので、有理さんは月輪への連絡だけお願いします」
「はい。確かに、伝えておきます」
「——それでは、また」