複雑・ファジー小説
- Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照1400突破!!】 ( No.155 )
- 日時: 2013/07/12 22:26
- 名前: 藍永智子 ◆uv1Jg5Qw7Q (ID: IWyQKWFG)
それは、所々に融け残った雪が見られるような、冬にまだ片足を突っ込んだ季節のことだった。
桔梗は普通の女子中学生であったし、それなりに友達もいたので、「孤独」という言葉は知っていても、実際には体験したことがなかった頃の話だ。
刀に触ったことも、自分の何倍もの大きさの怪物と闘ったことも無かったのだ。——今の桔梗には、そんな日々がとても懐かしくさえ感じられてしまうというのに。
あの日、桔梗は、同じクラスの女子数人と一緒に、他愛もないような話をしながら学校からの帰路についていた。
更に、桔梗の人生にとっては何と不運なことだったのか、数人グループの中で桔梗だけは家の方向が大きく異なっており、校門を出て最初の信号で、桔梗だけはいつも一人きりにならざるを得なかったのだ。
その日も例外ではなく、桔梗は独りきりの時間を何となく持て余しながら、あちこち寄り道をしながら家へと帰ろうと思っていた。
そして、その途中でこの森へと入り込んでしまった。
*
(うわぁ、すごい葉っぱ臭い……)
足の向くままに歩き続けていたら、いつの間にか、こんな森の中に入り込んでしまっていたのだ。
ただ困ったことに、一体自分が何処をどう通ってきたのやら、皆目見当もつかない。
周りは一面木々に囲まれていたし、そのせいでか、少し前まで浸っていたはずの町中の喧騒も、ここまでは一切届いてこなかった。
「うぅー、何方かいたりしませんか?」
半ば自棄になって吐き捨てるように言った言葉だった。——だが、思いがけないことに、後ろの方から返事があったのだ。
こんな所に他の人がいる筈なんかないだろう、とタカを括っていた桔梗は、一瞬、息を吸う事さえ忘れてしまうぐらい驚いていた。
聞こえてきた声は、いっそ清々しいくらいにぞんざい過ぎる口調で、こう言っていた。
「ずっと後ろにいたぞ」
桔梗は、あまりにびっくりしていたものだから呆然としていて、後ろを振り返ろうともしなかった。
それは、その時の自分にとってはごく当たり前の態度のように思えたし、例えば、後ろを振り返って声の主を確かめてみよう、とも思えなかったのだ。
「声」は最後にもう一度だけ、ぶっきらぼうに、こう言い捨てて行った。
「ここから出たいのなら、こっちの方から森を突っ切って行け。——ただし、絶対に振り返らずにだぞ」
その言葉を聞き終えた瞬間、まるで金縛りから解かれたように、桔梗ははっと我に返り、「声」がした方を振り返り、それから森の中を突っ走って行った。
少し歩き続けると、桔梗は、喧騒に包まれた街の中へとたどり着く事ができた。
そのときになってから、ようやく桔梗は得体のしれないような恐怖感に襲われたのだった。——最後の「声」が消えた直後、桔梗は、声の主が居るべき筈の場所へと振り返ったが、そこには『何も』無かったのだ。
人の居た気配も、何かがついさっきまで話していた名残も、人間らしさも。
後日、はっきりと妖怪の姿を目に映したとき、桔梗の中には、この「声」が妖怪だったという確信が生まれたのだった。