複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。【参照400突破、感謝です!!】 ( No.51 )
日時: 2012/11/10 16:45
名前: 藍永智子 (ID: aTTiVxvD)

 当主である宗匠の部屋へと向かうべく、雫と共に洋風な造りの廊下をしばらく歩くと、これまた一段と珍しい扉が現われた。
 あやめの家なら普通にありそうだが、洋風な月輪家ではどうしても少し、周りから浮いてしまう、焦げ茶色にはっきりとした木目が美しい、古い木造の扉だった。
 ——もしかして、とあやめは思い、雫に確認したところ、やはりその通りだった。
「あぁ、これね。宗匠さんが特別に造ったモノでさ、何でも魔除けの祈祷がしてあるんだって。……月輪家の最深部にまで、妖怪が入ってくるなんてことある筈ないのにねー。もしそうだとすれば、それは——あたしらが全滅するときだってのにさ」
 そう言う雫の表情はいたって冷静で、いつも通りにっこりとほほ笑んでいる。あやめは何故か背筋が凍りつくようにゾッとするのを感じた。
 そして、それと同時にずっと昔の記憶が鮮明に蘇ってきた。

(ああ、そうだった。この人は昔からこういう風に——)



 ——『感情』というものを知らないんだった。



 当の本人はというと、あやめの方を見て偽物の笑顔を浮かべている。それは、どこからどう見たって本物にしか見えなくて、あやめはまた恐ろしくなった。
「さ、あやめちゃん、行こうか」
 雫はあやめが自分のことを恐れているということを知っていたが、同時に自分がその気持ちを理解する時は決して訪れなということも知っていたのだ。
 だが別に寂しいと思ったことは無かったし、このままで良いとさえ思っていた。
 感情などあれば邪魔になるだけだし、雫のようにいつ命をおとすか分からない人は絆なんて無いほうが、いざというときに動きやすいに決まっている。

 そう思っている時点で感情を「取り戻す」ことなど出来はしないのだと、彼女はまだ知らない。