複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。 ( No.81 )
日時: 2013/01/04 21:42
名前: 藍永智子 (ID: fHjxvMJe)

 一番早く我を取り戻したのは、先程まで呆然として自分の座っていた机に突っ伏していたあやめだった。

(うわあ……。これ、私が止めなきゃだめなのかな……)

 あやめは二人の様子を見て、思わずため息をつきそうになった。
 それもその筈。——今や部屋のなかの全員が注目していた当の本人達はというと、あまりにも場違いな、某動画サイトに投稿する予定の「新曲」の相談をするまでになっていたのである。
 真剣な表情で、三郎が切り出す。
「やっぱりさ、次は新しいソフト使うべきだと思うんだ。雫だって他のみなさんのを聞いたら、そう思ってくれるはず! ……きっとそう思ってくれる、って願ってるよ」
「えー……。あんたが自腹で買ってくれる、っていうのなら良いよ?」
「……俺の収入の少なさ、なめるなよ」
「あたしの懐具合だって知ってるくせに」
「俺よりはマシだろ? 四捨五入したんだとしても、月給十万を超えるなんて……夢のまた夢さ」

「確かにそれは、悲惨ね……」

 悲愴な面持ちで呟いた三郎を見て、雫は少しだけ同情の籠った言葉を掛けた。そう言う彼女自身も、学費が無いという理由で学校に通えていなかったし、決して貧乏でないとは言い切れないようなギリギリの生活をしていたのだが——その立場から見ても、彼の収入は「悲惨」だった。
 彼の服は、擦り切れる直前まで着回されていたのだが、それにも頷ける。

 ——と、二人の会話が途切れた一瞬を見逃さなかったあやめが、あらかじめ用意
していた台詞を一気にまくし立てた。
 一度も息継ぎをしなかったために後半は貧血気味になってしまっていた、というのは言う必要のないが試しに書いてみただけの余談である。

「あのっすみません突然割り込んで申し訳ないのですがよろしいでしょうか先程からお二人で新曲だか動画投稿だかの相談をされていたようなのですが今は重要な会議の途中ですし出来れば後にして頂きたいのですお二人が話されていたことはあなた方にしか関係ありませんし例え遅れてしまったのだとしても影響を受ける人は少ないと思いますあっ反論しないでください命が無くなるような人はでてきませんよねってことですからでもこの話し合いは遅れれば遅れる程それにともなって危険は増していくんですひょっとしたら誰かの命が無くなるんじゃってレベルで——まあそんなこんなでお二人さんだけの世界を造るのをやめてもらっても良いですよね」

 最後は有無を言わせないように締めた。
 実のところを言ってしまえば、論戦に持っていくような余裕がなかった、という笑ってしまうような理由があるのだが、これ以上はあやめのプライドの為にも触れないでおく。
 数十分間も周りを気にせずに延々と会話を続けられるような図太い神経の持ち主である二人にも、真っ白な顔になったあやめに長々と説得させてしまった、という罪悪感はあったらしい。
「ええと……取り敢えず、ごめんね? あたしってば興奮すると、すぐに周りが見えなくなっちゃうみたいでさ」
 と、必死に頭を下げてきたのは、もう正気に戻ったらしい雫で、
「会議を中断しちゃった、ってのはスマン。でも、こっちだって影響は大きいぞ?」
 と、本当に形ばかりの謝罪をみせてくれたのは、なんとなく腑に落ちない様子の三郎だった。

 ぜえぜえ、とあやめは苦しそうにしながらも「それならいいです」と二人に聞こえるような範囲で出来る限り小さく、短く呟いた。