複雑・ファジー小説

Re: 桔梗ちゃんの不思議な日常。 ( No.88 )
日時: 2013/01/18 21:15
名前: 藍永智子 (ID: qZXNCSUo)

 ——「三十分くらい前」、会議はいよいよ山場を迎えようとしていた。

                *

 皆の顔色を窺うようにしながら——事実誤認があってはならないため慎重に——宗匠は話を少しずつ進めていった。
「まず、これまでに出された意見からして……桔梗さんを襲っているのは——自分たちが使役している妖怪に襲わせているのは『ハチ』であると断定する。これについて何か反論や質問等があれば受け付けるが、どうだ?」
 全員が一斉に頷く。
 誰一人としてその動作には一切躊躇がなく、その為に、この意見の信憑性はより一層増した。
「それならば、今回決めるべきことは大きく分けて二つある。彼女の身辺警護とここら一体の防衛に関する分担だ。……とは言ったものの、星宮さん方にはほとんど勢力が残っていないようだから、ウチからの割り当てが主になるのだろうがな」
 最後の方は苦笑を交えながらだった。
 あやめはその気遣いに感謝しつつ、折角なのでその提案に甘えさせてもらうことにする。現時点での星宮の勢力が限りなく零に近い、ということは事実だったし自分でも理解しているつもりだったのだが、改めて他の人の口から聞かされると、如何に一代で星宮を衰退させてしまったのか、という責任を突き付けられたような気にさせられた。
 内心むくれていると、宗匠はそんなあやめの心を読んだかのように言う。
「あなたを責めたつもりではなかったのだが……まあ、そう受け取られても仕方がないような話し方をしてしまったな。だが、決して私はあなたを責めようと思っている訳じゃないから安心してくれ」
 分かりやすいフォローだったが、それでもあやめは素直に嬉しかった。
 たとえそれが、幼さを盾にしている論理から来ているものだったのだとしても。
「……ありがとうございます。でもすみません。ウチに力が無いのは本当のことですから。——それでも、出来る事があれば何でも言ってください。私達の人数は少ないですけれど、それぞれが大きな力を持っていますから」
 淡々とした口調で言っているがために、その言葉から奢りなどは感じられない。
 それにあるのはただ、頼もしさだけだった。
「やる気があれば十分だ。そうだな、昼間に彼女の警護をやってほしいんだが、どうだね?」
 昼間であれば同じ学校に通っているあやめは、ずっと桔梗のそばにいても怪しまれない。
 そういう意味では、これはあやめにしかできない仕事だった。
 はい、と歯切れよく返事をして俯きかけていた顔を上げる。
「是非やらせてください!」
「こちらとしても、この仕事はあなたに引き受けてもらいたい。お願いします。君には弟のしょうぶ君がいるし、できれば彼にも手伝ってもらいたいのだが……」
「任せてください。普段はサボりまくりですけど、何とかして引っ張り出して見せますので、ご心配なく」
 あやめが少し茶化して言うと、宗匠は例によって大きな笑い声を立てながら答えた。

「それは実に頼もしい」

                     *

「それでは、あと一つ。ここら一帯の防衛シフトについてなんだが——」
 宗匠が言い切る前に、律子が口を挟んだ。
 ——その声の凛としていることといったらありゃしない。
「それは星宮さん方には負担が大き過ぎます。私達だけでやりましょう。それで十分だと思いますし」
「ああ、それは私も思っていたから安心してくれ。——それで良いな、あやめさん?」
 あやめにとってその提案は、実に受け入れがたいものだった。
 聞かれるや否や噛みつく。
「どうしてですか!? 確かに私達は学校にも行っているし、夜間も出るというのは大変です。そういうことを考慮してくれた結果なのかもしれませんが、納得できません。せめて、説明をお願いします!」
「言っていることが矛盾しているぞ、あやめさん。そしてあなた自身で言っている事が、私からの説明になり得る。——これで満足できるな」
「……っ!!」
「もうあれこれ駄々を捏ねるのは止めだ。これ以上迷惑をかけるのがあなたの望んだことか?」
「で、でも式を飛ばすことならできます!!」
 未だに食い下がろうとするあやめに、宗匠の視線は——隠そうともせず——冷酷なものになった。
「——いい加減にしろ。私は気が長い方だと自負しているが、あなたがこれ以上続けたいのであれば、私も黙ってはいられない」
 これまでとは打って変わって違う口調に、あやめは水でも掛けられたかのようにピシャリと我に返った。
 多少バツが悪く感じられるのは、今までのツケが回ってきたからだろう。
「……わがままばっかり言ってすみませんでした。続きをお願いします」
 素直な謝罪は聞き入れてもらえたようで、宗匠の口調も雰囲気も元の大らかなものに戻った。
「いや、私も言い過ぎた。……式を遠くに飛ばすのにはそれに見合うくらいの体力が必要になってくるし、時間も長くなれば長くなるほど負担は増していく一方だ。そのせいで昼間の襲撃を防げなかったら、あなたは悔やんでも悔やみきれない筈だ。それに学校には人がたくさんいるから、被害の大きさは計り知れない。——その万が一の想定を起こさせないためにも、あなたにはしっかりと休養をとってほしい」
 宗匠の説明はしっかりと筋が通ったものだったし、あやめは少しだけ納得しきれていなかった部分もそれで埋められた。
 ——と、ここで燐音からの皮肉が飛ぶ。久しく思えるのは何故だか。
「そう、これ以上何か文句つけてくるのは迷惑なの。それが分かってんだったら、それ以上わがまま言ってこっちの負担を大きくするのは止めて頂戴」
「……ごめんなさい」
「それも。あたし達は自分達のために闘うの。決してあんたらにお願いされたから、とかじゃないんだから勘違いしないでよ。今回はたまたまあんたらと標的が重なった、ってだけなんだから」
 口調こそは突っかかってくるように素っ気なかったが、あやめにはそれが彼女なりの慰めだと分かっていたから、とても微笑ましく思えたし、純粋に慰めの言葉として届いた。
「……ありがとう、りんちゃん」
 思わず口をついて出てきたのは、小さい頃に使っていた燐音の愛称だ。
「なっ!! 別に親しくしろなんて言ってないでしょ!?」
 今のあやめには、その燐音の噛みつくような口調さえも懐かしく、暖かく感じることができる。
 少し離れたところで呟いていたのは、二人よりも少しだけ年を取った雫だ。
 隣にいる三郎はというと……一体、今は幾つなんだか。
「青春だね〜」
「青春だな〜」
 全く持って、息がぴったりである。
 このつぶやきが聞こえたのか、雫の方を振り向いた宗匠は何かを思い出したらしく、その何かを思いついたときの少し間抜けな表情のまま雫に声をかけた。
「ああ、忘れるところだった。実は雫さんにおねがいしたいことがあるんだ」
「えっ!? あたしにですか?」
 驚いた様子の雫は、この後宗匠が言い放つ一言でもっと驚くことになる。

「——期間限定なのだが、とある私立高校に入学してほしいんだ」

 それを聞いた瞬間に雫はピタリと固まり、数秒後、






「うそぉ——————————————————————————————!!」





 その叫び声は、噂によると団地内を駆け巡り、はたまた星宮家でも聞こえたとか。