複雑・ファジー小説

Re: わたしの姉が名探偵らしいのだが ( No.1 )
日時: 2012/04/24 17:57
名前: 風春 ◆8avsdZrJXE (ID: nWEjYf1F)
参照: 1

 わたしの姉——猫名部明は、いわゆる「チートキャラ」なんだ。

 県選抜のバレーボールチームのエースでありながら、若者向けファッション雑誌「LOVEING」の読者モデル。
わたしが一年浪人してやっとのことで入学した某有名大学に首席で現役合格してしまったトンデモない頭脳をもち、彼女に告白して見事に玉砕した男は数知れず。
しかも、彼女が通う大学には、彼女を極端に崇拝する「猫名部明たんファンクラブ」なる物が存在し、その会員数は全生徒の三分の一は優に超えているらしい。

 これだけでも、彼女がいかに並外れているかは理解できる。だが、こんな肩書きは彼女にとってただの前振りに過ぎない。問題は、姉——いや、猫名部明の「職業」についてである。

 猫名部明は、探偵なのだ。

        ◆ 

「猫名部さん、隣で昼飯食ってもいい?」
「猫名部さん、俺もいいかな」
「じゃあ俺も! いいよね? 猫名部さん」

 大学の食堂である。わたし——猫名部優は、姉である猫名部明と姉妹水入らずで、日替わりランチを食べていた。
 姉は多忙で、大学にもあまり顔を出さない。それゆえ、姉が暇な日を見計らって、わたしは何ヶ月も前から姉と食事をする約束を交わしていたのだ。
 だが、浅はかだった。
まだ食堂に入って十分も経っていないというのに、姉に話しかけてきた男の数は五十七人!女の数は四十一人!男女合わせて九十八人である。
そして、わたしたち二人を合わせると九十八+二で百人。ちなみに、この食堂にあるイスは百個であるため、学食にいた全ての生徒が姉に話しかけてきたということになる。

「ねぇ、猫名部さん、いいでしょ? 君、あんまり大学に来ないんだからさ、もっと俺たちの想いも尊重してよ」
 先ほど、姉の隣に座ろうとした男が、畳み掛けるように早口で言った。あーあ、せっかく二人っきりでご飯食べられると思ったのに。
そんなことを思っていた矢先、姉が突然立ち上がった。
食堂にいた全ての学生が、「どうしたんだ?」という風に、一斉に姉のほうを見る。
「……ど、どうしたの? 猫名部さん」
男は少し怯えながら言った。それに対し、姉はにこやかに言った。
「すみませんが、今、久しぶりに会った妹と一緒に昼食をとっているんです。あなたの想いももちろん尊重したいです。ですが、今はわたしと妹の思いを尊重してはくれないでしょうか」

食堂に、静寂が流れた。

「……わかったよ。じゃあ、次大学に来たときの予定には、俺との昼食をちゃんと入れておいて。忘れないでね」
「はい。ではまた」
そう言うと、姉は微笑みながら男に手を振った。男はそれを見て少し頬を赤らめたようだった。
「ごめんね、わたしのせいで手を止めちゃって。じゃ、食べよっか!」
「……うん!」

言い忘れていたが、姉は性格も良いのだった。