複雑・ファジー小説

Re: わたしの姉が名探偵らしいのだが ( No.4 )
日時: 2012/05/05 08:23
名前: 風春 ◆8avsdZrJXE (ID: nWEjYf1F)
参照: 2

 姉にとっての久々の学校は、わたしにとっては久々でも何でもない。
他の学生がサークル活動や合コンに勤しむ中、わたしは真摯に全ての講義に顔を出している。こんな物好きは、キャンパス中探してもわたしぐらいだろうな、と無駄なことを考えながら、日替わりランチのメニューであるミートスパゲッティを口に押し込んだ。
ふと、隣で姉が愚痴をこぼす。
「あーあ、ミートスパゲッティかぁ。ここのご飯は和食がおいしいのに、洋食の日に来ちゃうなんて……わたしったら、なんて運が悪い……」
それを耳にした周囲の学生たちが「猫名部さん! わたし今日はA定食にしたの! よかったら食べて! ついでにわたしも食べて!」とかなんとか騒ぎ出したが、姉はにこやかにスルーした。
「あーあ、でも退屈よね」
「……なにが?」
姉は、ふぅ、とため息をついて言う。こんなにたくさんの人間に周りを囲まれて「退屈」とは一体どういうことか。もしわたしが姉の立場だったら、対人恐怖症になって自宅警備員でもやっているはずである。
「ほら、だって、平和すぎるじゃない? 最近、目立った事件とかもないし。あっても、小学生が誘拐された〜とか、中学生が放火〜とか、高校生が麻薬〜とかばっかりよ。わたしはもっとこう……密室現場のトリックとかを解きたいのよ!」
「密室現場って……あのね姉ちゃん、ここは三次元なんだよ。ドラマの見すぎ」
「ごめん、ごめん。でも、憧れるじゃない? 金田一さんとか江戸川さんとか鳴海さんとかの見事な名推理! わたしも、たまにはあぁいう難事件を解きたいものよねぇ」
「……ドラマじゃなくて、マンガの見すぎだったか……」
落胆。肩をガックリと落とす。そういえば姉の部屋にはものすごい量の推理マンガがあるが、まさか姉が探偵になったキッカケはあれじゃあるまいな。

——と、瞬間。


「うわあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!!」
叫び声がした。
声の主は……女性だろうか?中性的な声で、性別が掴みかねるが、かろうじて女であることがわかる程度の高さである。
「誰か、誰か……! ひ、人が!」
そして女は、決定的な一言を搾り出した。

「人が——死んでる!!」
ざわつく食堂。第一発見者の元へと走り去るギャラリー。わたしの隣でにやりと笑う姉の顔。
そしてわたしは、目を細めて呟く。

「姉さん、願いが叶ったよ」

Re: わたしの姉が名探偵らしいのだが ( No.5 )
日時: 2012/05/03 18:27
名前: 風春 ◆8avsdZrJXE (ID: nWEjYf1F)
参照: 3


「死亡者はこの大学の学生、耶麻れい君。発見されたのは食堂に隣接されているトイレ入り口の隅。彼の友人、また、第一発見者である熊餅アヅサさんによると、彼は昼食のラーメンを手に零してしまい、それを洗うためにトイレへ行ったらしい。そして、彼の帰りがあまりにも遅いので心配し、見に行ってみると倒れていた……間違いないね? 熊餅アヅサさん」
「はい。間違いありません」
通報してからたったの三分後にやってきた警部らしき男の問いに、こくりと頷く女。どうやら先ほどの叫び声の主は彼女であったらしい。
彼女——いや、熊餅アヅサは、可愛いとも可愛くないとも言えぬ、いかにもな平均的日本人の顔をしていた。身長はパッと見ただけでは判断に苦しむが、大体百六十五センチ前後であろう。日本人女性の平均身長は百六十センチ前後なので、彼女は平均よりやや背が高い。まぁ、気にするほどのことでもないか。
「おい、中津具刑事! 死体の状態はどうだ?」
「はい、死後硬直三十分は経っていますね。死因は——」

「毒死」

「えぇ、そうそう、毒……え?」
「流血も目立った傷も見受けられない。これは毒死としか思えませんね。そして耶麻さんは喉を自らの両手で押さえ、苦しみながら死亡しています。これは恐らく塩素による呼吸不全での死亡でしょう。ヘビ毒などの可能性もありますが、こんな有名大学にヘビなんかが迷い込もうものなら、とっくの昔に排除されているはずです。その他の可能性も、何らかの理由で除去することができます」
「お、おまえ……まさか、猫名部明じゃないか!?」
警部は姉の存在に気づくや否や、ギンと姉を睨んできた。
「お前、まさかまた俺たちの仕事に口出しする気か! 頼む帰ってくれ! この前だって、お前のせいでノルマとり損ねたんだぞ!」
「帰るも何も、わたしここの学生ですし。あ、警部。申し訳ありませんが、食堂の出入り口を閉鎖しておいてくれませんか? どさくさに紛れて、犯人が逃亡する可能性もありますからね」
「猫名部ェ! 未成年の癖に俺に指図すんじゃねぇ! 俺はもう今年で四十五なんだぞ!」
……わたしの姉、事件に口出ししすぎてすっかり警察に嫌われているようだ。警察の皆さんごめんなさい、かわいらしい妹に免じて許してやってください。
「あのー、横岳警部。猫名部明……って、何ですか?」
先ほど姉にいい所を取られてしまった中津具刑事が、警部に問うた。どうやら、彼は姉のことをご存知ないらしい。
警部は、そんな彼を哀れみの目線で暫し眺めた後、嘆息した。
「……ハァ。中津具くん、まだ刑事になって一ヶ月しか経っていない新米の君は知らないだろうけど、こいつは俺たち警察の手柄を全部もっていくハイエナ野郎だ。君も、うっかりノルマをとり損なわないように注意したまえよ」
「あ、え、で、でも……」
苦笑いしながらうつむく中津具刑事。それを不服とした警部はしかめっ面をした。
「んん? 何か問題でもあるのか?」
「い、いえ! ありません、ありませんとも! ……でもあの女の子……なんか死体に触ってますよ」
「何!? おい猫名部ェ!! 死体に触るな! というかもうお前何もするな! 昼飯食っといてくれ頼むから!」
大慌てで姉と死体に駆け寄る警部。てか、人が死んでるのにのんきにご飯食っとけっていうのも、おかしな話だと思うのだが。

Re: わたしの姉が名探偵らしいのだが ( No.6 )
日時: 2012/04/22 19:07
名前: 風春 ◆8avsdZrJXE (ID: nWEjYf1F)
参照: 4

「うっふふふ……やはりそうですね、手の皮膚が炎症を起こしています。塩素に素手で触れると皮膚が炎症を起こしてしまいますから、恐らく耶麻君が食べていたラーメンに誰かが塩素を混入させたのでしょう。ほら、第一発見者が、耶麻くんは手にラーメンをこぼした、とか証言していたじゃありませんか」
「なーるほどぉ……って、猫名部ェ! 俺の言ったこと聞いてたかお前! お前は捜査に関与するんじゃねぇ!」
警部の怒声。うるさいなオッサン。だが姉は動じない。
「口の周りも少し炎症をおこしていますから、この方、相当急いでラーメンを食べていたようですね。何か急ぎの用でもあったのでしょうか?」
「だ〜か〜らっ! ……ハァ。仕方ない。お前はどうせ言っても聞かないしな。だが! もう今回きりだからな!」
「さっすが警部! 優しいですね!」
にこにこにこ。姉の必殺スマイル。警部も中津具刑事も周りの学生も頬を赤らめている。まぁ、そんなこと言っているわたしも、その内の一人なのだけれども。

と、警部が顎に手を当てて首をかしげる。
「……それにしても、犯人はいつラーメンに塩素を溶かしたんだ? 塩素の入手元は、恐らく理学部だろうが……」
それを聞くと、姉は笑顔を崩して真剣な表情になった。あれ、姉さんって、こんな表情したことあったっけ?
「……恐らく、ラーメンがお椀に注がれる前——鍋の中ではないかと」
「はぁ!? まだ作っている途中で、ということか!? もしそうなら、ラーメンを食べた全員が死にいたる、無差別殺人ということに……」

「いえ、違います。これは完璧に、耶麻れい君ただ一人を狙った犯行です。それも、何ヶ月も前から計画を練った、ね……」
そう言うと、姉はチラリと私のほうを見て、にこっと笑った。まさかとは思うがこの人、わたしを疑ってるんじゃあるまいな?
「これはとても簡単なトリック……いえ、トリックというまでもありません。その気になれば中学生でも解けるはずの事件です」
姉はにこにこと笑っている。

「犯人は、わたしと妹を利用したのです」