複雑・ファジー小説
- Re: MARIONNETTE 〜蒼の翼〜 (コメをください ( No.18 )
- 日時: 2012/05/04 14:19
- 名前: ナル姫 (ID: vtamjoJM)
*悲しみの淵
『流石儂の倅じゃ…
梵天丸…』
火を噴いた銃口。乱れる弾。体から吹き出る血飛沫。倒れる畠山の兵に、畠山義継本人。それと、ご隠居様…。川に流れる大量の血。
殿の息は、又乱れていた。体も、震えていた。殿はご隠居様に近付く。もう、死んでいるだろう。
何を、求めて行くのだろう?
「小十郎」
「は」
片倉様が殿に近付く。
「父上の亡骸を、退かせ」
「…承知」
この時、殿の心意を知る人は多分いなかった。従兄弟の成実様も、側近の片倉様も。況してや僕が解る筈も無かったんだ。
殿はゆっくりと刀を抜いた。上に翳す。そして何をするかと思えば、畠山の死体をズタズタに切り刻み始めた。
「殿!」
「ちょっ…落ち着けよ梵天!」
成実様が慌てて殿を止めた。
「離せ」
飽くまで冷静に、殿は言う。…いや、呟くが正しいだろう。一瞬、ぼそっと聞こえただけの声だった。
既に原形を止めていない程切り刻まれた死体。まだ、刻もうと言うのだろうか?
「梵天の気持ちは分かる!だがな、そんなことして何になるんだよ!?畠山の死体切り刻んで、それが何になる!?」
殿の目は、何時も冷たい。それが今日は、より一層冷たく感じられた。
「儂の命が聞けぬと申すか、成実…」
「聞けねぇよ。怒りに捕らわれた奴の命令なんか!」
「今日ばかりは貴様でも容赦はせんぞ」
「こんな命なら何時でもくれてやる。だけどな、これだけは聞け。お前がしたいのは、こんな小さな事なのか?こいつの死体斬って、それでお前は満足か!?ご隠居様がそんなお前を見て喜ぶとでも思ってんのかよ!?」
「…黙れっ…!」
「まだ納得できねぇなら、腹、切ってやるよ」
殿は俯いた。力無く刀を下ろす。父上の亡骸を丁重に運べと、小声で呟いて、踵を返す。
「殿、畠山の死体は…」
「その辺の蔓で体を繋いで、晒し物にでもしておけば良かろう」
今度は、怒りのこもった声で。
___
今日はもう暗かったから、米沢に泊まることになった。定行も付いてきた。
殿は、自室に篭った。家臣を全員、部屋から出ていかせて。
泣き声を、聞かれたく無いから、だったんだろうけど。
「うわァー…父上っ…父上ぇー!」
見事に、丸聞こえで。
何があんなに悲しいのか、僕にはわからない。僕も父上と兄上を亡くしたけど、あんなに泣いてない。泣き声を聴いていた片倉様や、成実様も、泣いていた。
初めて聞いた、殿の泣き声。