複雑・ファジー小説
- Re: 『禍つ唄』−連作小品集ー ( No.3 )
- 日時: 2012/04/13 22:43
- 名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: vjv6vqMW)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
02 <ダルマさんがころんだ>
たっぷりと湯気の満ちた風呂場。妻の御蔭で毎日清潔に保たれ、この家を建てる時に随分と細部にまで拘った造りの其処は、俺の一番のお気に入りだった。だから、入浴は一日で最もリラックスできる時間であり、空間であるはずなのに……
——ダルマさんが、こ〜ろんだ——
「ッ……馬鹿か、良い歳して」
ああもう。酷い話だ、何故こんなに気になってしまうのか。浴槽から出て、鏡の前の風呂椅子に座りながら……思い出すのは、今夕に聞いた会社の部下の一言。ガシガシと頭を洗っている最中にも、中々その頭から流れ落ちてくれない——それは或る『タブー』の話。
<部長、部長! 昨日のアノ番組、観ました? え、観てないんですか……いえほら、この季節ならではの『心霊特番』ですよ! いやぁ、僕はああいうのが大好物でしてね。部長も息子さんとかが興味がある年頃では? あ、そうですか、夢が無いですねぇ。あ、ならこういうの、知ってます? ほら部長も『実物』を見れば信じるかも知れませんし……ああ、待って下さいよ! まさか怖い訳じゃぁ無いでしょうに。ねぇ?>
——巷説曰く。風呂場の鏡の前で目を閉じ、『ダルマさんが転んだ』と唱えてはいけない。
「なぜなら目を開けた時——は、ホント馬鹿らしい」
自分に言い聞かせるように呟き、シャワーのノズルを捻る。泡が入らないよう目を閉じて頭を流しながら……その故意的な暗闇の中、やはり考えてしまうのは『タブー』の事。
——ダルマさんが、こ〜ろんだ——
いけないと言われると余計に気に成る……心理学的に良く出来た怪談だと、内心舌を巻く自分も居た。ちょっとした日常の安心を壊し得る意味で、これは確かに『タブー』だ。そして、その安心を取り戻すには……簡単だ、試してみれば良い。
「……ダルマさんが、転んだ」
———
——
—
「あら、あなた……今日はゆっくりでしたね。湯加減はどうでした?」
「…………」
「あなた?」
「え、ああ……丁度良かったよ。お前も冷めない内に入ってくると良い、ふふ」
「……? 大丈夫ですか、少し顔色が悪いみたいだけど……」
「……いや、問題ないよ。少し湯に中ったのかもしれないが」
「そう、ですか。じゃあ、私も御風呂に入って来ますね」
「ああ……そうそう、知ってるか? 風呂の鏡の前でな、『ダルマさんが——」
(了)