複雑・ファジー小説
- Re: きみがぼくからきえるまで ( No.1 )
- 日時: 2012/04/17 23:08
- 名前: ぬこ太郎 ◆OVYLVL78aM (ID: vQ/ewclL)
プロローグ
『雨降りサンタクロース』
雨の日に現れたあなたは、初めてであったサンタクロース。
真っ黒な傘を差して、仏頂面をしてたの、覚えてるんだよ。
私が話しかけても、ずうっと上の空で。
最後まで、あなたの考えてること、わからなかった。
あなたは、みんなのサンタクロースなんだから。
みんなに、笑顔を届けなくちゃダメだよ?
みんな、あなたの事が大好きなんだから。
サンタクロースのあなたのことも。
サンタクロースじゃないあなたのことも。
みんな、大好きなんだよ。
私も。私も、あなたがサンタクロースで本当に嬉しかった。
ありがとう。
ほんとうに、大好きだったんだからね。
それじゃ…さよなら。
机の上に封筒から出された状態でおかれた一通の手紙を見ながら、心底後悔をする。今更後悔をしたって遅いことは、嫌になるほど言われた。きみの両親からも、ぼくの両親からも。『子供一人で何が出来る!』……父さんに言われたよ。思い切り、頬もぶたれた。
けれど……けれどね? 辛くは無いんだ。痛くは無いんだ。悲しくなんて、なかったんだ。ぼく以外の人が、きみの心配をしていたんだって知れたから、ぼくはそれで十分だったんだ。
他に、何も望まなかった。違うね、望めなかったんだ。
「……誰よりも、怖かったんだ。きみが居なくなっちゃうのは」
そう呟くと、ぼくの目尻でこらえていた水の粒が、耳へと落ちる。水の粒が耳に入るかどうかなんて、どうでも良かった。ただ、きみを手放してしまった事が辛かった。痛かった。悲しくないなんて、言えなかった。
——ぼくの愛しい人。
ぎゅっと目を瞑り、瞼の奥に焼きついたきみを見つめる。きみが静止していなくて、良かった。瞼の裏から、ぼくに笑いかけてくれるきみの映像が、徐々に変化していく。
笑みを浮かべていたきみの口は、何かを叫ぶように大きく開く。後ろで握られていた、きみの両手も右手は、ぼくに向かっていた。……左手は、深い闇に吸い込まれていっていた。
きみが居なくなったのは、たった一瞬。そう、コンマ数秒ほどしか、かからなかった。きみが居なくなったのは。連れて行かれたのは。吸い込まれたのは、ほんの僅か、瞬きを一度すれば姿は見えなくなっていた。
「約束は……どうなるんだよ……」
開こうとしない瞼の淵から、とめどなく大粒の涙が耳へと降りる。冷たすぎず、ぬるすぎずの、ぼくの涙は、瞼のスクリーンと記憶の映写機を使って映し出されていた君の姿を、見失う。誰よりも愛していたきみが、遥か彼方に感じられる。
きみへ。
大好きだ、愛してる。
だから……だから、帰ってきてくれ。
ぼくのところに、きみのぬくもりを感じさせてよ。
心の中で、そう呟く。
いつの間にかぼくの体は、深い眠りに落ちていた。