複雑・ファジー小説

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.23 )
日時: 2012/05/06 21:38
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

******
第1話-8 計算式の彼女 論理エラー 1/3
******

「いらっしゃいませ」


 懲りない俺はその次の日もファミレスにやってきていた。というか、そもそも昨日は偶然に“ハズレ”を引いてしまっただけで、今日はそんなことはないはず。だから、懲りるもクソもないのだが。

 昨日とはほぼ同じ時間帯に店に来たから適度に空席もあり、|どこかの誰か《第三者》と相席になることはなさそうだ。俺は昨日とはまた違う顔の店員に誘導されて席につき、昨日と同じくメニューを広げる。今日は鶏肉にでもしようか。

 そう思った矢先、どやどやと人が流れこんできた。昨日は社会人が流れこんできたが、今日は白いユニフォームを着た野球部員だった。部活帰りなのか、膝や背中といった至る所が土で汚れており、ざっと40人ぐらいいた。昨日の倍である。ユニフォームには「Nanboku」の文字。彼らは南北高校の野球部員らしい。

 南北高校は良条高校から最寄にある高校で、偏差値でいうと賢い部類、生徒もそれなりに品行方正、野球部は結束力がすごいチームだと聞く。マナーについては先輩の3年生がいるから大丈夫だろう。それにしても南にあるのか北にあるのか紛らわしい学校名だ。気持ち悪いからはっきりしてくれと言いたい。しかも実際には街の東部にあると。ややこしいことこの上ない。

 
 40人という団体であるため、禁煙席はすぐに満席になった。禁煙席に座れなかった部員の約半分にあたる10人が喫煙席に通され、残りの半分は空席待ちという状況に。
 
 彼らは食事が終わっても空席待ちの仲間を見捨てて先に帰ることはまずないだろう。聞こえてくる話を聞けば、どこかの高校と練習試合でもしてきたらしい。今日の試合はライトのエラーがどうだこうだと批評と激励が汗臭さを交えて聞こえてくる。


 ……こういう奴らが近くにいると感じる劣等感は一体何なんだろうか。


「まっ、他人は他人、俺は俺だしな……」


 昨日と全く同じ事をつぶやき、昨日と同じように店員呼び出しボタンを押した。店員は俺から注文を聞くと、昨日と同じようにやや小走りで戻っていった。まるで昨日のことを追体験しているようだ。
 待ち時間の合間に英単語の一つでも覚えようと単語帳を持ちだしたが、注文してから五分も経たないうちに店員が駆け足でこっちに近づいてきた。


「あの、申し訳ございません。ご相席をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

「ああ、いいですよ」

「どうもありがとうございます」


 誰と相席になるのかは知らんが……いやいやなんでお前なんだよ! 店員に誘導されてこっちに向かってくるのは昨日の少女。またしても大ハズレ。俺は今朝のテレビ番組の星座占いと血液型占い両方1位だったんだが、これは一体どういうことか説明しろ占い師! 何が「今日はいいことがありそう」だコラ! と、心のなかで八つ当たり的なことを言っている俺だが、血液型占いとか星座占いとかには科学的根拠は一切ないということは当然知っている。
 
 不運というのはどうしてこうも続くのだろうか。二度あることは三度あるという。明日もこいつと相席だったら店を変えたほうがいいかもしれん。ひどい言い草かもしれないが、勉強の邪魔になるものは極力避けたい。平日ならまだしも、特に今はテスト期間中だから勘弁してほしい。

 その少女はスーッと俺の席まで来ると、昨日と同じように俺と向かい合うようにして座った。そして昨日と同じようにその赤い目で俺を冷たく見ている。俺、まさかこいつに取り憑かれたんじゃねえよな? もちろん心霊的な意味で。相手の前でやれやれと首を振ることもできず、単語帳に目を通した。


「大変お待たせしました」


 注文の料理が運ばれてくるまで、受け付けてから大体30分ほど時間がかかった。これはおそらく野球部の影響だろう。これだけは仕方ない。俺が食事に手をつけている時もその少女は特に何をするでもなく俺をじっと見ていた。


「……何ですか?」


 俺は我慢しきれずついにその少女に話しかけた。いや、昨日は耐えすぎたんだよ。というか話しかける勇気がなかったのだ。この人純粋にミステリアスで怖い。本能的に話しかけると呪われそうな気がする。
今でも俺はグッとこらえて黙っていれば良かったと思っている。万が一この少女に取り憑かれた場合のことを考えて、俺はこの近くにお祓いもしくは除霊してもらえる場所はないかと記憶を巡らすが、俺の知る限りでは近所の公園の近くにある無人の小さな神社しか思い浮かばなかった。


「…………。」


 俺が話しかけても彼女からの返事はなかった。まあ、その方が俺としても良かった……んだと、考える。だがしかし絶対零度の視線は相変わらず俺に注がれているのは不愉快だ。もう、気にしないで放っておくか。所詮は他人だし。
 周囲を見渡せば、他の客は昨日と同じくチラチラとこちらを見ている。野球部員達の会話はいつの間にか試合から俺の目の前の特異な少女に変わっていた。


「おい、あの格好、何なんだ?」

「さあな。どっかのアニメのコスプレじゃねえの? 高木、お前そういうの詳しいだろ?」

「高木って見かけによらずアニオタだったのか!?」

「お、俺が何を好きになったってそれは俺の勝手だろ!」


野球部員達の口から「ウェェェェイ〜」という意味不明の声が上がる。


「なっ、何だよ! 俺のこと馬鹿にして」

「まあまあ、そうカッカすんなよ高木。
 んで、お前のデーターベースに照合させると、あの格好はなんのコスプレだと推測する?」

「さあな。白髪のロングストレートと赤目……該当数が多くて特定できない。
 服装もコスプレしてくれると大分絞り込めるというか、ほぼ特定できるんだけど……制服じゃあなんとも。
 制服キャラもいないことはないが……そうすると逆に候補がね」

「そうか、分からんか。でもまあ、お前の趣味を知れただけで俺は十分だ」

「それってどういう意味だよ!」

「さあな、好きなように取ってもらって俺は構わないが、俺たちはずっとお前の友だ」

「釈然としねえ……」

「ところで一緒にいる奴、もしや恋人同士なんじゃねえの?」

「いやいや、ただ相席してるだけだろ」

「そうだとすると、あの白いのがアイツのことをずっと凝視している理由が分からない。
 やっぱ恋人同士とまではいかなくとも、オタ友と考えたほうがいいんじゃね?」


 アイツら、好き勝手言いやがって……南北高校の生徒は品行方正だと聞いたのは俺の聞き間違いだったのか? とりあえずお前ら、目の前の異物については好き勝手に言っても構わないが、俺を関連付けるのだけはよしてくれ。俺は赤の他人、それも真紅色の他人だ。恋人関係? やめてくれ。
俺がこんなのと付き合ったら、初デートは冥界の彼女宅になりそうだ。

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.24 )
日時: 2012/05/06 21:39
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

2/3


「あっ! 分かった! あの二人はきっとマンネリ化して冷め切った恋人同士に違いない!
 彼女は彼の気を自分に引きたくて、でもどう声をかければいいのか分からない。
 だから、ああやって彼のことをじっと見ている。
 彼もそのことは分かっているが、彼にはやましいことがあって、
 そんな彼女の純粋な愛を受け止める資格はないと感じている。どうだ、俺の推論は?」

「うおお! お前天才!!」

「それで決まりだな!」


 ちっがあぁぁぁぁう! なぜそうなる!?
ていうかお前ら一度でいいからこいつの視線を浴びてみろ! 一度絶対零度を浴びればそんな悠長なこと言ってられないことが分かるkからよ!

 気がつけば、ナイフとフォークを握る俺の手には無駄に力が入っていた。一旦落ち着こうか。


「ふう……」


 アイツらの発言を気にしたら負けだ。俺がふと顔を上げると、彼女の視線は変な噂を立てている野球部員達に向けられていた。



   彼女の視線は完全に野球部員達を石にしていた。



 部員の1人が気まずそうに冷や汗が一滴、ツーっと頬を走っている。これで分かっただろう、こいつは普通じゃないと。

 それからは奴らは気まずくなったのか、俺達のことを話さなくなった。彼女はしばらくそんな彼らを凝視していたが、興味がなくなったのか、やがてまた俺に冷たい視線を浴びせ始める。

 そんな食事も終わって、俺は明日実施される物理のテストの問題演習を始めた。物理のテスト範囲は円運動と単振動がメイン。昔のど偉い人がみつけたという公式に則ってただ計算をしていくだけだ。
言葉で言うと簡単だが、実際やってみると結構苦戦する。
 既習事項との融合問題とか、今までのことが分かってないと解けないから厄介だ。

 精神論は俺は好みじゃないのだが、こういうのはとにかく公式を覚えて気合でやるしかない。俺はシャーペンを回してみたり耳にかけてみたりしながら考え、解法を思いついたら計算していくということを何度か繰り返して問題を解いたが、そんな単純行動にとうとう飽きてしまった。


「はあ〜、こんなんじゃテスト完全に死亡確定だな……」


 俺はシャーペンをノートの上に放り投げ、大きく背伸びをした。一番の問題はとにかく公式がやたら多いことだ。公式の理屈を理解できれば公式なんざ覚えなくともスイスイ立式して解けそうなんだが、それができるなら太古の昔にやってる。

 ああ、テストが簡単だった中学時代に戻りてえよ。簡単すぎる中学のテストの勉強すらサボってる俺にお前は幸せ者だなといってやりたい。行き詰まるとは正にこのことだ。絶体絶命。物理は捨てるか……明日のテストは物理だけじゃねえし。でもその他の教科はあらかたテスト勉強は終わってるからな。

 さっきまで解いていたノートをぼんやり眺めていると、突然白い手が視界に乱入してきた。


「なっ!?」


 その手は俺のノートと筆記用具を根こそぎ俺から奪ってしまう。犯人はもちろん、俺の向かい側にいる少女だ。そいつは俺のシャーペンを手に持つと、俺のノートになにやら色々と落書きを始める。こういうのは一言断りを入れてからするもんじゃねえのか? え? というか俺のノート返せって!

 呆気に取られている間にも、彼女はカリカリとものすごい速さで書き込んでいく。そんなに書くのが速かったら、テストの答案を書くのも|時間短縮《時短》できて便利だろうなとか、なんかちょっと羨ましく思えてくる。って違うだろ俺!! 俺のノートを奪取された上に落書きされてんだぞ!?しかもこんな崖っぷちの状況で、だ。


「あの……それ大事なやつなんで返してくれません?」

「……Negative.」


 小さく透き通る声で|ネガティブ《拒否する》と言われ、絶妙な度合いの精神的ダメージを喰らった俺。物返せって言って拒否すると言える権限を持つのは、「お前のものは俺のもの——」で有名な例の生意気なクソガキぐらいだと思うが、どうよ? だいたい、資本主義国家に属する人間には所有権という基本的な権利が保証されていてだな……面倒&説教臭くなるからこれ以上は言わないでおく。ふう、危うく物理も解らないくせして権利だけ振り回す、インテリ気取りのダメ人間になるところだった。
 
 しっかし、初めてこいつの声を聞いたがあまりにも印象通りの声で、かえって拍子抜けしちまったな……そうなんだよな、今コイツとの会話が初めて成り立ったんだよな……ついでだからこいつにもう一つ言っておきたい。
 「ここは日本だ。公用語は日本語もしくはアイヌ語。よって喋るときは日本語かアイヌ語でいいから」と。
 もちろん、初対面以上顔見知り以下の相手に対してそんなことをいう勇気は俺のどこを探してもなく、実際は口をへの字に曲げて困惑した顔を呈しているだけである。あと、そんな事言ってマジでアイヌ語で話されても困るからな。


「…………。」


 目の前の少女は懸命に落書きしてて返してくれそうにないし、別の勉強でもやっておくか。演習問題のプリントだけ手元にあっても意味ねえし。帰るときに回収して帰ればいい。そう思って鞄から別の教科書を引っ張り出し、それをテーブルの上に置こうとしたとき、スッ——とノートとシャーペンが返却された。顔を上げてその少女を見ると、視線が合った。今までは死んだ魚の目のような冷たい目で俺のことを見ていたが、今回は視線があった途端、ちょい、と首を少し傾げ「?」とジェスチャー、髪がハラリと揺れた。だがその顔は相変わらず無表情で怖い。


「いや、なんでもないです」


 再びノートに視線を戻すと、俺の書いた式の至る所が綺麗な字で事細やかに添削されていた。問題を見ずにノートだけを見て問題内容を推測、的確な指導をするこの少女は一体何者なのか。少なくとも、これだけ優秀な頭脳の持ち主ならば学校の成績はトップ確実、白髪の変な奴が成績上位に食い込んできたとなれば、学校でも噂になるはずだ。しかしそんな噂を聞いたこともない。だがこいつは何故かうちの学校の制服を着ている。こいつはいったい何なのか、謎は深まるばかりである。


「親切に添削してくれてどうもありがとうございます」


 半ば悪態をつくようにして言うが、彼女は今度は反応しなかった。なんにせよ、わざわざ俺のために添削してくれたっぽいのだから、行き詰まったテスト勉強の打開にこれを有効活用しない術はない。


「…………ん、何だこれ?」

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.25 )
日時: 2012/05/06 21:40
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

3/3


 添削されたノートのページをペラペラめくっていると、計算式が全面的に添削されていた問題があった。そういう事自体はあっても別におかしくないのだが、問題はその添削内容だ。

 計算式と回答が違う。

 しかも、その問題はきちんと公式に則って計算し、答え合わせもして正解が保証されたハズの問題。見たこともない公式を持ちだして、かなり複雑な計算をしている。それに“〜〜を○と定義する”の文章がやたら多い。こんな計算は高校生がやるようなものじゃないことは誰の目にも明らかだった。ページをめくり、この問題の公式と関係している次の問題を見てみる。これも同じように全面的に訂正されている。次の問題も、そのまた次の問題も訂正されている。計算の内容はわからないが、俺が見てて分かったのは、この添削自体が先人たちが汗水垂らして発見したその公式を、彼女はことごとく否定しているということだ。教科書に乗っている公式だ、そんなはずはない。


「えっと、この公式は……」

「……根本的に間違っている」


 添削してくれたということは、俺に教える意志があるものと勝手に解釈し、ノート片手にこの公式について質問すると、彼女は即答した。


「えっ、でもこれ教科書に……」

「……帰納的推論が……土台になっているその式は……
 前提自体に……論理的に矛盾するエラーが生じる……要素が含まれている。……よって無効」


 やたら途切れがちに説明されるその説明に、今度は俺が首を傾げることとなった。まず「帰納的推論」って何? 前提って恐らく公式の成り立つ前提だと思うが、では矛盾が生じるような“エラー”とやらは何? 最後に、この公式はどこで仕入れてきた? 宇宙か?
 
 俺が矢継ぎ早に質問すると、彼女は“そもそもこの式自体が質量を持つ物体に起因する空間歪曲の引力定数の値が————”などとぬかしやがる。どこまで知性を発達させたらそこの話まで持っていけるのか疑問だ。やはり地球以上の高度な技術力を有した宇宙人もしくは頭のネジがぶっ飛んだ|似非《エセ》天才としか考えようがない。俺は当然後者を支持する。てかそうであってほしい。帰り際にUFOに吸い上げられて変なチップ埋め込まれるとか、冗談じゃない。


「——つまり……理論的にこの式は……大きな矛盾を抱えている」

「すみません、全く理解できません」

「…………?」


 一通り説明が終わったらしい彼女に俺が速攻でギブアップを宣言した。すると彼女はまた、ちょい、と首を傾げる。まあ、この訳わからん公式解説を奇跡的に理解、計算できてなおかつ強引に記憶にねじ込んで明日のテストに利用したとしても、点数が取れるかと聞かれればゼロ点ほぼ確実だろう。かわいそうかもしれないが、この公式は覚えるに値しない。


「……そもそもこの式自体が……質量を持つ物体に……起因する空間歪曲の……」

「もう、いいです」


 説明が二周目に入りかけたので、こちらから説明の中止を申し入れた。彼女は不満げな表情を見せることはなく、ただ一言短く、「……そう」と言って黙り込む。もしかして気分悪くさせちまったのか? 確認のために顔から感情を読み取ろうとしたのだが、全くできない。鉄仮面である。

 こっちまで気分悪くなってきて、ノートに視線を避難させた。なんか、今の説明聞き流してたら、高校物理の公式がよっぽど簡単に見えてきた。今の俺なら楽勝で問題が解けそうだ!! 少女の電波的説明を受信したせいか、奇妙な精神状態に陥りかけているらしい。これがいいことなのか悪いことなのかすら判別できなくないという非常に危険な状態だったのだが、実際に問題に取り掛かってみてそれがただの|思い込み《プラシーボ》だと認識する。幸いにも、俺の脳は壊れてなかったようだ。まあ、こいつの説明を聞くだけで頭が良くなるなら、何度でも喜んで聞いてるさ。


「そろそろ帰るかな……」


 俺は携帯を取り出して時刻を確認すると、時刻は午後十時。昨日よりも三十分早いが、今日はこのぐらいでお開きにしよう。物理の公式も訳の分からない式で埋め尽くされちまったし、添削を消すにも少女の前じゃさすがに気が引ける。

 昨日と同じように、俺は伝票と鞄を片手に立ち上がった。南北高校の野球部員は依然として居座り続けている。お前ら、門限とかないのか? それよりも、そんな長居して大丈夫か? ——俺は知らねえけど。俺が立ち上がると、さすがの野球部員も俺に視線が向けられた。俺は素知らぬ顔をして一人、会計へと足を進めた。無人の会計のベルをチーンと鳴らし、従業員を呼んだ。


「お待たせしました〜☆ それでは伝票を頂戴しますね〜♪」


 なかなかキャラの立っている、やたら髪の盛った若いギャルが対応しにきた。元気いっぱいなギャルだな……その元気、1割でいいから俺にくれないか? いや、誘ってるんじゃねえからな。純粋にズタボロのテストを受ける前に、少しでもいいから乗り切る元気が欲しいだけだ。そんなことを思っているとはつゆ知らず、ギャルは伝票の内容をレジに打ち込んでいくが、その合間にチラチラと俺の方を見てくる。


「えっとぉ、お客さん、一人分の会計でいいですよね?」

「えっ!?」


 その言葉を聞いて、背筋に悪寒が走った。
 
 
 
   ま さ か……!!


「…………ひっ!!」


 油の切れた機械のようにギギギ、と後ろを振り向くと、白い髪をした少女が、その髪で顔を隠して、まさに幽霊のような状態で立っていた。


「あー、その……相席はしたんですけど、彼女は何も注文してないですよ」


 発言は支離滅裂、頭が真っ白で思考は完全停止。あの電波は……遅効性だったらしい。
 …あー、…………えっと…………………? …………ダメだ、完全に狂ったな………………何考えてたんだ俺は?…………一旦落ち着け、俺!!


「……お客さん、顔色悪いですよぉ? 明日は学校休んでビョ〜インで診てもらったほうがいいんじゃない? てか後ろの子、彼女? 超可愛いじゃん!!」

「いや、そういう関係じゃなくいです……」


 こいつのどこが可愛いんだよ! 後遺症が残ってはいるものの、ギャルの発言で正常思考に復帰した俺は、回復した知力で即座に恋人関係をきっぱりと否定した。誰がこんなトンデモなヤツと付き合うのか、そんな奴がいたら、そいつは多分相当な物好きである。
 
 何とか会計を終わらせ、俺は昨日と同じく、早足でファミレスの駐輪場に向かい、片足スタンドの自転車の鍵を解錠した。それでもなお感じる視線に後ろを振り向くと、さっきの少女が遠巻きに俺を凝視している。


「(ソッコーで退散じゃ〜〜っ!! あばよ、変人!!)」


 俺はこれまでにない滑らかかつ俊敏な動作で自転車に飛び乗り、全速力でペダルを漕ぎ出した。後ろを振り返ると、ファミレスの駐輪場の前で立ち尽くす少女の姿が、周囲の景色と共に流れていた。ここまで来りゃ、もう安全だ。走っている途中、自転車後方からガリガリと何かが地面と接触する音がして見やると、スタンドが完全に収納されておらず、斜め45°の中途半端な角度で留まっていた。焦るあまりきちんとしたスタンドを処理していなかったらしい。俺は走りながら足でそいつをカシャン、と正常な位置に蹴り上げ、ナトリウムランプの照らす夜道の角を右へ左へ、恐らく過去最速タイムで自宅前のマンションにたどり着いた。競輪の選手もびっくりな速度だったはずだ。

 背後から得体の知れない少女が追跡していないかチラリと確認し、駐輪場を飛び出してエレベーターのボタンを押した。いつもは気長に待ってられるエレベーターも、今日に限ってめちゃくちゃスローなように感じた。
 
 
 
 ……そう、俺はヘタレで小心者なのである。