複雑・ファジー小説

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.26 )
日時: 2012/05/07 18:20
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

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第1話-9 計算式の彼女 不意打ちの彼女
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「行くべきか、やめるべきか……」


 翌日。ファミレスに出かける時間になっても、俺は勉強机に座ったまま腕を組んで唸っていた。あれだけ窮地に追い込まれていた物理のテストは、少々の手応えを感じて終わった。一番の理由は俺が少し頑張ったからであるが、その頑張ったにはあの添削があってこそのものだった。そりゃあ、あの意味不明な解説部分は役に立たなかったが、それ以外の解説は大概において有用だった。


「だからと言って会いたいと思う相手じゃねえんだよな……」


 昨日のように背後を音もなく付いて来られるのは勘弁して欲しい。だが勉強に関するアドバイスは欲しい。そんな二律背反的な心境に頭を悩ませた結果、今日もファミレスに行くという苦渋の選択をとることにした。昨日一昨日はあんな大口の客が来たからああなっただけで、まさか三日続けてあいつと相席になることはないだろう、そう思ったからだ。ましてや、相席の相手なんてのは確率的だ。こっちか向こうが指定してこない限り、そうなることはまずない。あの電波と相席になったのは、宝くじで五万円当てるぐらいのレアなことだった。だから彼女と会うはずがない。つまり、何が言いたいかというと、あいつに会えば勉強をまた教えてくれるかもしれないという淡い期待を持ちつつ、あいつに会うという恐怖体験は確率的に起こりえないから行っても大丈夫だろうという、矛盾しまくりの甘ったれた考えにたどり着いたということだ。
 
 
「今日は時間をズラして八時半頃に出かけるか……」
 
 
 ここでもあらわになる俺の小心っぷりであるが、そんなのは気にしない。人間誰しも保身第一である。出発予定時刻になったのを確認すると、玄関で自転車の鍵を片手に靴を履いてトントン、とつま先で床を軽く蹴る。踏んでいるのかかとを修正していつもの鞄を片手にドアを開けた。少々じめっとしている空気に、夏の匂いがした。ここ数日で熱波が加速しているような気がする。

 サドルにまたがり、いつもの安全運行で自転車を進め、忌ま忌ましいファミレスの前にたどり着いた。正しく言うと忌ま忌ましいのはあの変人少女なのだが、そういうイメージがファミレスにも飛び火しちまっている。そう思うとファミレスに対して申し訳ございませんと頭を下げにゃならんような気がしてきた。

 店に入ると、順番待ちをしている客が数人、俺の目に入った。また満席かよ……
 順番待ちの用紙に名前と人数、禁煙席希望の旨を記入して、店内を見渡した。あの変人の姿は——ない。大きな安堵とわずかな失望を感じた。安堵の大きさをトラックの大型タイヤに例えるなら、失望感はグラニュー糖の粒子レベル、かすかに感じられなくもない感情、といったところだ。さて、変人がいないことが分かったことで、俺の興味は今日の満席の原因は一体何なのかということに移った。周囲を見渡すが、客のメンツを見ても、特に表立って満席になるような理由というのは見つからなかった。今日は本当にたまたま満席なのかもしれん。


「ああ、もしやあれかもしれんな……てかあれ以外に考えられん」
 
 
 この満席の原因に該当するようなものが一つあることを思い出した。CMだ。毎月、指定された日に限り食事代が二割引きになるというCM。今日がその日にあてはまる。世界的に長引く不況で培われた各家庭の出費の節減スキルを遺憾無く発揮というところだろう。
 
 
「アダチ様、ご相席になりますがよろしいでしょうか?」
 
 
 俺の名が呼ばれ、「相席」という言葉に一瞬俺の神経が逆立った。だがよく考えてみろ、白髪の幽霊はここにはいない。だから相席する相手に白髪少女は含まれない。俺は何を恐れる必要がある? ……ほらな、何もないじゃねえか。
 
 
「ああ、相席でも別に」
 
「ではご案内致します」
 
 
 店員に誘導されてたどり着いた席の先客は、黒髪だった。俺と同じ高校の制服を着た普通の女子高生。背中の肩甲骨のところまであるロングヘアー。席の横に新品の鞄を自分の席の横に置いて、携帯電話の画面を注視している。テーブルの上には片付けられたのだろうか、食器類は一切置かれていない。
 
 俺が席に着いたのに気がついて、彼女は視線を携帯から俺に向けた。そして目が合った俺に、ニコッと笑って軽く会釈。顔かたちの整った美人さんである。ていうか、コレ俺のストライクゾーンのど真ん中来てるんだが。まさか、ここで運命の出会いとかいう奴に遭遇したのか俺は!! (後に本当に運命の出会いとなった。……別の意味で)俺を含め、男ってのはこういう点においては大概タイプの人と出くわすとテンションが若干上がってしまう生物である。だが、そこから先の行動は人によって違ってくる。その場で声をかけてナンパするやつもいれば、心に秘めておくだけの奴、俺はこれ属性なんだが、硬派な奴もいる。あと、突然変異系でストーカーっていうのもあるな。
 
 
「(っていやいや、俺はここに何をしにきたのかをよく考えろよ……)」
 
 
 俺は食事と学生の本分である勉強をしにきたのだ。女子とニャンニャンしに来た訳じゃねえ。俺はメニューを取り出して今日の注文品の選定を始めた。いつの間にか出来てしまった口内炎が痛む。やっぱビタミン不足が原因か? 塩分を多く含む料理は、まさに傷口に塩であるから論外。そうすると肉料理の大半がきつくなってくる。
 
 
「お待たせいたしました、海老グラタンでございます。容器大変熱くなっておりますのでご注意ください」
 

 口内炎出来てて肉料理食えないならファミレスなんか行ってんじゃねえよ、というごもっともなツッコミを受けそうであるが、長居オッケーという点が俺的に光る。
 
 
「熱っ……」
 
 
 スプーンで小さくグラタンを削り取って口に入れると、舌がやけどしそうなほどホカホカだった。俺が食すにはまだ熱すぎたようだ。慌ててコップに入った氷水を一口飲んで一息ついた。舌がヒリヒリする。
 
 俺は勉強一筋の熱血野郎ではない。グラタンが冷えるまでの短い時間を勉強に当てようなんていうガリ勉発想には対応していない。そこで俺は携帯電話を鞄から取り出し、メールの新着を確認すると、一件のメールが届いていた。

 それは先月分の携帯の請求額確定メール。値段がいくらだったかは、俺の利用してるプランとかサービス諸々がバレちまうので伏せておくが、これは間違いなくお財布に優しい料金だ。言っとくが、俺はメール相手がいないからお財布に優しい値段になるとかいう哀しい現実に直面してるわけじゃねえからな? メールじゃなくても学校に行けば直接会えるからな。まあ、どんだけ使い込んでも携帯料金は親持ちなので喜ぶのは俺じゃなく親である。
 
 携帯を閉じ、グラタンにスプーンを突っ込んだ。ちょうどいい具合まで冷めてきている。俺はようやくそいつに手をつけた。
 
 
「あっ、もしもし——うん——だって、今目の前に人がいるから——そう」
 
 
 目の前の女子は今度は誰かに電話しているらしい。俺に聞かれちゃ恥ずかしい話なのか、だって、と小声で話している。


「直接繋げるからそれでいい?」
 
 
 そういうと彼女は視線を俺に一瞬向けたその瞬間、俺と目が合った。彼女はエヘッと気まずげに愛想笑い。昨日の宇宙人とは大違いである。目の前の彼女は目の保養になる。


「合ってる? ——うん——ちょっと遅いから心配だったんだけど……
 私? うーん、まだ完ぺきってわけじゃないんだけど、慣れたら大丈夫だと思うよ、先輩」
 
 
 先輩に対してどういう口の聞き方してるんだこいつは。完全にタメ口じゃねえか。ていうか最後の軽々しい口調の語尾は“♪”が付きそうなほどテンションが上がっている。今の会話の口調からして、このならず者は今年入ったばかりの高校一年生、どっかの部活に最近加入した新入部員で、部活の先輩と電話中、といったところだろう。
 
 
「——わかった。そうするね。ちゃんと手直ししててね? ——じゃあね」
 

Re: マジで俺を巻き込むな!! ( No.27 )
日時: 2012/05/07 18:20
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: ehSJRu10)

 
 厚かましい発言を残して彼女はぱたりと携帯電話を閉じると、それを鞄にしまいこんだ。手直しという言葉から察するに、文化系の部活に加入していると推測できる。ちなみに、帰宅部は体育会系の部活に分類される。学校によると、帰宅するという行動が、体育会系の行動に分類されるらしい。どっちかというと文化部に属した方がしっくりなんだがな……ま、顧問が体育教師だし。
 
 食事を終えた俺は、鞄から勉強道具を引っ張り出してテーブルに広げた。テストも残すところあと二日だ。テスト終了時の、あの何とも言えない中毒性のある開放感が待ち遠しい。その後答案返却でフルボッコにされた答案が戻って涙ぐむといういつものパターンを考えなければ、晴々スッキリ爽やかな気分になれる。
 
 
「そこの化学式、なんかおかしいような気が……」
 
「え?」
 
「そこのベンゼン環。|炭素《C》は四つの手があって、そのうち三つの手でベンゼン環を構成してるの。だから余っている手は一つだけのはずなのに、ほらここ、一つのCに二つの|水素《H》がついてるのって、矛盾——」
 
 昨日と同じように間違いを指摘され、俺は否応なしに昨日の記憶を呼び出すこととなった。


「ああ……確かに。どうも」

「ここはちゃんと覚えておかないと、化学全滅だよ?」


 敬語はちゃんと覚えておかないと、人生破滅だよ? という言葉を返してやろうか。それにしてもこいつ、俺と同学年なのか。 俺は付き合いのある奴以外の顔はあまり覚えてないのだが、こんな奴いたか? いたようないてないような……でもストライクゾーンど真ん中だぞ? いくら俺が節穴だとしても、気になる人物として記憶されてもおかしくない……はず。
 

……やめとこう。
 
 
 昨日の少女と同じ扱いをするのは、いくらなんでも無礼というものだ。俺の目は節穴どころか、穴すらあいていない雛鳥同然だったということにしておくべきだろう。
 
 
「試験勉強?」
 
「ん、ああ、そうだが何か?」


 さりげなくタメ口で話し掛けられて、ついつい俺まで通常モードで話してしまっている。良条高校では全国的に試験中であるため、これが試験勉強だということぐらいは簡単に察しがつくはずであるが、彼女はふ〜ん、と初めて聞いたような顔。違和感。


「そっか、学校楽しい?」

「試験さえなけりゃな」


 初対面にしてはかなり冷たく当たってる気がするが、何故かは察してほしい。繰り返すが、これが俺の標準である。

「高校何年生?」

「二年」

「趣味は?」

「ゴロ寝」

「苦手なことは?」

「アウトドア系」

「好きな食べ物は?」

「簡単に作れるやつ」

「嫌いな食べ物は?」

「本能が拒否ったもの」


 彼女は今までとは真逆ね……とつぶやく。今まで、という単語に引っ掛かりを感じたが、とにかく分かったことは少女が俺のことを性格の面でこいつとは合わなさそうだ、と結論づけたということだ。


「なんかあなたとは気が合いそうな気がする」


ブフ————ッ!!


 予想の遥か上空を飛んで行った少女の発言に、俺は飲もうとしていたお冷やを吹き返しそうになり、押さえ込んだ反動で気管に水が入り込んで咳き込んだ。


「ちょっと、大丈夫!?」

「ゲホッゲホッ……大丈夫だ」


 彼女が立ち上がろうとしたのを手で制した。


「私、なんか変なこと言ったっけ?」

「言ったとも言えるし、言ってないとも言える」

「ごめんなさい」


 彼女は申し訳なさそうな顔をして謝ると、窓の外の電灯で装飾された景色を眺める。数秒間の沈黙で周囲の客の雑多な会話と食器の音が際立つ。


「私ね、来週あなたと一緒の学校に転入することに……なったの」

「そうか」


 これで合点がいった。どおりで俺の記憶にないわけだ。……いや待て、そうするとさっきの“先輩”とやらは一体誰だ? こちらが立てばあちらが立たずだ。


「引越してきて間もないのか?」

「えっと、こっちに来たのはだいたい十日ぐらい前かな」

「でもなぜこんな時間に制服着てファミレスに?」

「家がちょっと忙しくて夜ご飯が取れなかったから、ここで……」

「ふうん……」


 あまり納得できない回答だったが、家の事情をあまり深く詮索する気はない。赤の他人の俺は聞くべきものではない。


「最後に、どうしても腑に落ちないことがあるんだが、いいか?」

「何?」


 どうでもいいことかもしれないが、せっかくだから聞いておきたい。




「さっきの電話で言ってた“先輩”って誰だ?」




 その瞬間、世界から音を消し去ったかのような沈黙が広がった。彼女は視線を俺からテーブルの下のスカートへと落とす。爆弾発言だったか?


「……知りたい?」

「差し支えなければ、だが」


 彼女は少し言うのをためらったようだが、何かを振り切るようにして言った。


「先輩の名前は、タカフミ レウ」