複雑・ファジー小説

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.47 )
日時: 2012/09/09 23:58
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)

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第1話-17 計算式の彼女 やっぱり春だった
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 翌日の朝。土曜日の雰囲気を満喫しながらの朝食を終え、食器の後片付けを終えて溜まった洗濯物の消化をしている時、自室に置いてあった俺の携帯電話の着信音が響く音が聞こえた。その時俺は首振り扇風機を背後に、洗面台の前に立ってゴム手袋を装着し、洗濯機に入りきらなかった洗濯物をゴシゴシ手洗いしている最中だった。せっかくの作業を中断して確認するのは面倒くさいから後回しにしようかと考えたが、心なしか嫌な予感がする。言葉ではうまく説明できないが、いわゆる第六感というやつだろう。俺はゴム手袋を泡立つ洗面器の縁に投げ捨てて自室のベッドに放置してある携帯電話を取り上げた。


 発信者:ジョー(牧田宗一)
 時刻:9:12
 題名:悪いんだけどさ

 本文
 至急来て欲しいんだ


 ……俺はパタリと携帯電話を折ってベッドに投げた。第六感というのは俺の杞憂だったようだ。第六感の誤検知である。メールには至急来いって書いてあるくせに場所の指定がないんだが、どうやって行けばいいんだろうか。無駄足踏んだな、と思いながら部屋から出ようとするとまたもや着信が入った。今度は誰だよ、ともう一度拾い上げて確認。


 発信者:ジョー(牧田宗一)
 時刻:9:24
 題名:無題

 本文
 放置は勘弁してくれ!
 マジで時間がないから(>人<)


 なんだ、俺のことどっからか監視でもしてるのか? タイミングが神がかっている。どうせジョーのことだから俺の行動を先読みしただけで偶然だろうがな。どういう理由で呼び出したのか、薄々勘づいてはいるが、一応理由を聞いてみる。

 時刻:9:27
 題名:Re:

 本文
 俺今忙しいんだが。
 一応理由を聞く時間は割いておく。
 どうした?


 返信するとリビングから聞こえてくるTVの15秒コマーシャルが終わり切らないうちに、ジョーからの通話着信が入った。なるほど、メールより通話のほうが手っ取り早いからそっちで、というわけか。冗談半分でコールに出ないとどうなるかと少しじらしてみたが、どうせ留守番電話センターにジョーの文句垂れメッセージが記録されるだけだと思い、7コール目で受話器ボタンを押した。


「おぉっと」


 間違えて切る方のボタンを押しちまったぜ。ちょっとスッキリしたかもしれん。いや、結構スッキリした。まあ、ジョーが本当に急を要する事態なら——このようにすぐにリダイヤルで電話がかかってくるはずだ。


「どうした、ジョー」

《お前さっき電話切っただろ!》


 通話早々、ジョーのツッコミが入る。ジョーの声の向こうから人の話し声や車の走る音が聞こえてくる。外から電話をかけているらしい。電話しながら洗濯ぐらいはできる。洗面所へと向かい、肩と耳で携帯電話を挟みながらゴム手袋を嵌める。


「ん、何のことかさっぱり。ボタンを押し間違えはしたが」

《トチったのか?》

「俺が故意に間違えてボタンを押したということを考えなければ、の話だが」

《やっぱわざとかよ!》


 俺の予想どおりの反応を返してくれるジョー。イジってて楽しいと思えるヤツだ。


「で、急ぎの用なんだろ? まさかゲームの購入資金がなんちゃらで電話してきたんじゃねえだろうな?」

《……そのまさかだ》

「俺が予想するに、今日が例のゲームの発売日で、今は開店前のゲームショップに向かっているか並んでいるかだと思うが、違うか?」

《ビンゴだよ、もう並んで整理券貰った》

「ハハハ、買う金なしでか?」

《しょうがないだろ、チカに財布取られちゃったんだし》

「大人しく諦めて後日買えよ」

《今状況的に抜けだすのは無理っぽい》

「頑張れ。じゃあな」


 たかがゲームでなぜそこまで頑張れるのやら。別にゲーマーを批判してるわけじゃない。その熱意を勉強に向けたらどうなんだという誰しもが到達するであろう意見との比較対象としての表現である。電話を切ろうかと思ったとき、ジョーの叫び声がスピーカーから聞こえてきた。


《あ゛〜〜! ちょっと待ったァ!》

「なんなんだよ、もしや俺を今から超特急でゲームショップに向かわせて、そのうえ金貸せとせびるつもりじゃないだろうな?」

《いや、まあ、要件はそういう……こと、だ》


 手洗いしている手を止め、やれやれと溜め息をつくと同時に、洗面台横の洗濯機が作業終了のメロディーを奏でる。


「今の音聞こえただろ? 俺は今洗濯で忙しいんだよ。明日は別の用事が入りそうだしな。明日の先約抜きにしても、お前のオモチャを買うのに付き合ってるヒマはない」

《そこ何とか頼む! こんな事言うのもアレだけど、洗濯はあとからでも——》

「あのなぁ、ジョー。洗濯物は陽の当たりが良い時間帯に済ませておかねえと、効率が落ちるんだよ。午後は曇り、明日は大雨の予報だからなおさらだ」

《いやでも、整理券貰っちゃったし、後戻りできないし》

「貰えなかった人に渡しゃ済むだろ」

《ホントにもうお前しかいないんだって!》

「はぁ……」


 チカもあんだけ気にしてたし、今日買えなかったら怒られるのはほぼ俺だ。チカのやつ、厄介なことしてくれやがって。ジョーを懲らしめるつもりが、結局無実の俺が懲らしめられるハメになるとかおかしいだろ。ジョーもジョーではじめから俺を当てにしてたようだ。手ぶらでショップ行って整理券もらうとか、はたから見れば盗む気満々じゃねえか。俺はゴム手袋を外してリビングに向かった。壁掛け時計の時刻は午前9時40分過ぎを指していた。


「んで、開店は何時からなんだ? 場所は?」

《コウ! 恩に着るぜ!》

「いいからとっとと言え道楽野郎」


 自室に戻り、クローゼットを物色しながら時間と場所を聞いた。開店は午前10時かららしい。


《間に合うか?》

「間に合わんかもしれんな。途中の公園でひなたぼっこするから」

《すんなよ!》

「だいたいギリで連絡してくるお前が悪い。それ以前に課題忘れるからこんなことになったんだろーが」

《そうだけどさ、お前の場合、余裕持たせて連絡すると絶対動かないだろ》


 まあ、それも正しい。それだけ自己解決するための残り時間が残されてるんだからな。携帯電話を肩で挟んだ不自由な状態で着替えを始める。自転車でぶっ飛ばして間に合うかどうかといったところだ。


「で、そのブツはいくらだ?」

《8000円あれば絶対足りる》

「だからいくらなのかと——まあいい、そんだけ持って行きゃいいんだな?」

《ああ》

「それじゃ切るぞ。時間までに現れなくても恨むなよ」


 そう言って一方的に切リ、携帯電話をベットに投げた。8000円か……用意できない額ではない。実際の出費となるわけじゃないし、別に貸してもいいだろう。ジョーの財布にそれ以上の額が入ってるのも確認したし、返せないことはまずない。午前9時46分、俺は財布に大金をねじ込んで家を飛び出した。

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.48 )
日時: 2012/09/09 23:59
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)




 俺が息せき切ってそのゲームショップに到着したのは、ジョーが並んでいると思われる列が流れだした時だった。店の外で二列に並ぶ人の中からバカを探すため、トロトロと自転車を走らせる。前方から俺を呼ぶ声がした。


「コォォーウ!」


 見れば歓喜満面の表情で大手を振りつつ、列に流されている脳タリンがいた。


「騒ぐな。いい子は黙って待ってろ」


 取り出した財布から8000円を抜き出し、手刀を激しく切るジョーに押し付ける。ジョーは「お前最高だよ」とうわずった声で言った。


「買ったらさっさと出てこい」


 15分後、白いビニール袋を手にジョーが店から出てきた。その間俺はショップ入り口横の駐輪スペースでずっとサドルにまたがったまま、ジョーとチカに対するイラつきをどう処理したものかと考え込んでいた。ジョーはハンドルに肘を乗せて待つ俺を見ると無邪気と言うべき笑顔で近寄ってきた。単純なやつだ。


「そこ暑いだろ、店の中に入っときゃよかったのに」

「店混んでるのに冷やかしが入ったら邪魔になるだろ。ほれ」


 俺はジョーに手を差し出した。ジョーは以前と同じく手を乗せる。


「お手じゃなくてだな、俺に渡すもんがあるだろ」

「ああ、お釣りか」

「残念、不正解だ」


 俺はジョーが持っているビニール袋を取り上げた。その瞬間ジョーの顔が一変。


「アーッ! それはダメだ!」


 奪い返そうとする手を上手いことかわし(チャリにまたがったままでよくかわせたもんだ)、ジョーを宥める。


「どうどう! 落ち着け」

「馬かよ!」

「それともう一つ、レシートはどこにある?」

「無視かよ……その袋の中だよ」


 そう言われて袋の中を覗き込んだ。……袋の中にはゲームソフト本体、お釣り、レシート、そして初回限定盤のおまけが入っていた。うむ。きちんと一式そろっている。いい心がけじゃないか、ジョー。


「なるほど。貸出手数料として初回限定特典は俺が頂いておくかな」

「あ?」

「それじゃまたな」


 ペダルに力を入れて発進した俺を、ジョーが自転車の後ろの荷台を掴んで引き止めた。


「いやちょ——っと待て! おかしいだろそれは」

「ん、何か?」

「『何か?』じゃなくてさ、お前それどこに持っていくつもりだよ」

「俺の家に決まってんだろ。貸した金に担保はつきものだ。大金ならなおさら」

「ちょっとそれ勘弁してくださいよ〜」


 どっかの後輩のような顔で、両手を合わせて懇願するジョーの姿はどこか芝居ががったようにインチキ臭かった。


「知らんがな。嫌なら今日中にチカに財布を返してもらってだな——」

「ムリムリムリムリムリ! 俺が殺されるって!」


 俺はもう片方のポケットから携帯電話を取り出し、チカに電話をかけた。もちろん、返して欲しいと懇願するのが怖いらしいジョーの不安を払拭させるためである。


《もしもし?》

「ああ、俺だよ俺」

《コウ、サギなら別の人にしてもらえる?》

「例の財布のことでちょっと用件があってな」

《何かあったの?》

「ついさっき俺がジョーに金貸した。今ゲーム屋の前だ」

《あ……ごめんね、迷惑かけちゃって》

「それよりだな、目の前に例のアホがいるんだが、情けな〜いことにビビって返して欲しいと言えないそうだ」

「おい!」


 ジョーがそう言って俺の通話に割り込んできた。俺はチカにちょっと待っててくれと言い、携帯電話を耳から離した。


「俺なんか間違ったこと言ったか?」

「お前、言い方ってのがあるだろ。もうちょっとオブラートに言って欲しかった」

「そうか、悪かったな」


 俺は再び携帯電話を耳に当てた。


《どうしたの?》

「いや、なんでも」

《またそんなこと言って》

「ジョーが俺に文句いって来たなんて、お前に関係無いことだろ?」

《うん……そうだけど、それぐらいちゃんと言ってよ》

「で、今からジョーに代わるから『財布は月曜にきちんと返す』と言ってやってくれ」


 うん、分かった。チカの返事を聞いて携帯をジョーに渡そうとしたが、途中で気がついて言った。


「おっと、渡す前に聞いておこう。お前あの猫触った後、手洗ったか?」

「当然だろ」

「よし」


 俺が携帯電話を差し出す。何を今ごろ言ってんだよ、とジョーは笑って受け取った。


「あ、もしもし。うん、俺だよ俺——ああもう別に気にすんなよ。アイツのお陰でなんとか手に入ったからさ————」


 ジョーは2、3分ほど話をすると「それじゃあ、月曜日に。忘れんなよ?」と言って通話を切った。俺に携帯電話を返すなり、重荷から解放されたような顔をした。


「なんか話が通じてたけど、お前が気を効かせてくれたんだろ。サンキューな」

「こいつは渡しておくが、特典は担保ということでよろ」


 俺はビニール袋からゲームソフト本体とつり銭——1000円ちょっとを取り出してジョーに渡した。


「お釣りは……」

「カネ無しじゃつまらんだろ。1000円ありゃ必要なもんの1つ2つぐらい買えるだろ。持っておけ」

「マジか! コウがマザーテレサに見える」

「勘違いすんな。これは貸してるんだからな。月曜には8000円、耳を揃えて返せよ」

「大丈夫、月曜には必ず返すから」

「返さなかったら加熱分解寸前の原液濃硫酸に顔突っ込んで息止め30秒耐久な」

「顔、顔、顔!」

「だいたい340℃ぐらいあるらしい。ちなみに食用油の発火点は300℃もないから」

「うおお……返さなかったら翌日から顔無しになるのか……おっそろしい」

「それともう一つ。お前も大胆だな」


 俺は財布を取り出して一枚の白い紙をジョーに。そう、俺が密かに回収したあのレシートである。ジョーは受け取ると笑顔が一瞬で消えた。


「これ、お前のだろ。チカが財布覗いたときに落ちてきたぞ」

「人の覗いたのかよ!」

「話すと長くなるから略すが、チカに話が通じてるのは財布を覗いたからといっても過言じゃない」

「これ、チカも見たのか?」

「いや、見てない。俺が秘密裏に回収した」

「お前、絶対にこれ内緒だぞ」

「大丈夫だ、任せろ」


 俺がそう言うと、ジョーは空気が抜けたように肩を落とし安堵の表情を見せた。


「で、他のは?」

「……は?」

「いや、他のレシートは? これ一枚だけじゃないんだろ?」

「何言ってんだよ、これだけだ」

「…………。」

「もしや他にもあったのか?」

「財布に入ってるレシート全部だよ。家のゴミ箱になんか捨てられないだろ!」

「…………。」

「…………。」

「……ご愁傷さまです」


 その時、ジョーの携帯が鳴った。どうやらチカからの電話らしい。