複雑・ファジー小説

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.49 )
日時: 2012/11/10 23:55
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)

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第1話-18 計算式の彼女 どう考えても、電波。
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 日曜日の昼過ぎ。急接近した熱帯低気圧のお陰で6月にしては激しすぎる雨が降る中、俺は傘をさし、携帯電話を片手に家を出た。外出はもちろん、神子上の例のメールのことだ。昨夜、会って何がしたいんだと返信すると「話がしたい」と返ってきた。ファミレスでちょっと話しただけの俺に話すことなんてあるのか、という疑問もあるのだが……話をするなら別に会わなくても電話でもいいはずなんだが。確かにアドレス交換の時は、赤外線通信がうまいこと認識してくれなかったから、交換したのはメールアドレスだけで、電話番号は交換していない。それでも電話番号をメールで送ってくれれば済む話である。だが神子上は断固として直接会って話がしたいという。それでわざわざ今日出かけることになったのだ。激しく降る雨音のお陰で周りの音が聞こえづらい。昨日のうちに洗濯を済まして大正解だった。


「どう考えても効率悪いよな……」


 人間が1円玉を拾うのに費やすエネルギーは値段換算で1円以上らしい。そう考えれば電話番号をメールで交換した時のパケット代と通話代を合わせても、直接会う労力より安い。そう考えるのは俺だけだろうか。……俺だけだな。とにかくそういうわけで、ナビサイトを片手に指定された住所までトボトボと歩いているわけだ。指定された住所、おそらく彼女宅だろう。検索大手の航空地図で確認すると住宅街になってたし。

 ところで、結局ジョーに来たチカからの電話はレシート追求のものではなかった。財布とは別の用件だった。追求の電話なら面白い展開が見れたのに、残念だ。


「しっかし妙なアドレスだよな」


 話は飛ぶが、神子上のメールアドレスのことだ。普通、携帯電話というと“(例の記号)*****.ne.jp”だろう。神子上の場合どっかのドメインを挟んでいるのか知らんが、妙ちきりんなアドレスになっている。どんなアドレスだったか……ああこれだ。


 “kaminoko0301(例の記号)agent.mm.qc”


 神の子はいいとしてagentという通話会社は聞いたことがない。このアドレスがどーも引っかかるが、普通にメールできているから特に気にする必要はないし、わざわざこれに突っ込む必要もない。訊くチャンスもアドレス交換をした時を最後に、すでに失われているといっていいだろう。もっとも彼女自身、なぜこのアドレスなのか説明できるとも限らんし。

 傘に水滴が叩きつけられる音を聞きながら携帯電話のナビゲーションを頼りに進んでいく。強い雨のせいで、視界はせいぜい15mあればいい方だ。最初こそはクルマが水たまりに突っ込んでびしょ濡れにならないかと心配していたものの、そんな心配をする必要はなくなった。そんなことをされなくとも、長ズボンが雨の跳ね返りで濡れてしまったからだ。

 しばらく歩くと航空写真で見た住宅街とおぼしき場所に入った。後ろからハイビーム(ヘッドライト)点灯のクルマが一台、俺の横を水しぶきを上げて通り過ぎていった。高級車だった。よく見れば、ガレージに停まっているクルマが高級車の家が多く、軽自動車の姿はほぼ皆無だった。複数台所持している家もそこそこある。高級車か……誰か1台だけ、中古でいいから俺に恵んでくれ。免許とったら、かわいがってやるから。

 ガレージから家へ視線を移せばどれも立派な造り。高級住宅街だということは誰の目にも明らかだった。つまり、一般に俗世間から勝ち組と称される分類の人々がすむエリアだ。一種のステータスなんだろう。


「ともかく、神子上はお嬢様というわけか……」


 全国のお嬢様に失礼かもしれんが、そういうことなら神子上のあさっての方向を向いた発言も納得できないことはなさそうだ。

 携帯電話は、まもなく目的地周辺だと告げてその役割を終えた。このあたりか。待ち受け画面に戻してポケットに突っ込んで見渡す。視界が悪く、雨で石灰色に染まった景色の向こうにビニール傘を持った人影をぼんやりと確認するのがやっとだった。顔はよく見えないが、多分神子上だろう。約束の時間より10分ほど早めに来たのだが、もう外に出て待ってて……


「違う、神子上じゃない」


 気がついたと同時に反応した第六感。安物のビニール傘は|ここ《高級住宅街》にふさわしくない。雨は今朝から降っているから、出先で雨に見舞われて買ったということはない。家から持ち出している。オシャレを気にする年頃の女子が自ら進んでビニール傘ってのは、テレビのロケじゃない限りどう考えても無粋だ。

 棒立ちしている俺を“人影”が視認したらしく近づいてきた。徐々に明瞭になるその人影の輪郭。その人影が誰であるか分かった。白髪ロングに特異な目、俺の通う高校の制服——ヤツだ! ゆっくり近づく彼女に俺は後ずさりする。そんな感じはしたものの、こんなの不意打ちだろ!


「……逃げないで」


 いかにも無機的で澄んだ声だった。だが忘れやしない。こいつが俺のことをずっと追い回していたのを。おとといのような勢いがない俺は、また一歩下がった。


「……彼女が待っている」


 彼女。神子上しかいない。俺の中で彼女の言っていた大事な話とやらがどんどん予測不能なものに変わっていく。なぜ彼女がここにいるのか、俺には説明がつかない。俺はもう一歩下がった。目の前の少女は歩みを止めて振り向く。もうひとつの影がこちらに向かってきていた。


「足立くん、怖がらないで」


 新たに近づいてきた声、神子上はそう言った。彼女も白と同じく揃って制服着用だった。ここで逃げるという選択肢は用意されているだろうか。……いや、神子上は来週俺のクラスに転入することになっている(らしい)。毎日顔を合わせるだろう彼女から逃れる術はない。逃げても一時的なものでしかなさそうだ。


「ここは雨がひどいから、早く家においで」


 神子上の天真爛漫な性格を考えれば、俺に危害を加えることはないだろう。ないと思いたい。神子上が宇宙人と関係を持っているのには少し面食らったが、彼女の性格を信じることにした。


「ここが私の家」


 神子上の家は白塗りの2階建てだった。神子上は後ろにいる俺たちの方を振り向いて言った。門扉を開けて敷地に入り、ドアの鍵穴に鍵をさす。神子上の親は俺のことを知っているのだろうか。


「家族は?」

 神子上が鍵を開ける前に聞いておく。ドアを開けたら不意打ちで神子上の親父と鉢合わせになって、「あ、ああ、あはは……、どうも、初めまして……」なんて事態になれば、ちと気まずい。予想される最悪の展開としては、親父が頑固親父という男気溢れる純国産タイプで、俺を娘の彼氏と早とちりして「そこに座れぇ!」と、怒号ミサイルが親父の|口《ランチャー》から発射される可能性が有りうる。万が一だが。そんなことで照準を合わされてビビって喋るときに声が裏返って恥をかかないように、前もって心の準備をしておきたい。神子上の返答はさっぱりしたものだった。

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.50 )
日時: 2012/11/10 23:57
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)


「家族はいないよ」

「どっかに出掛けてるのか?」


 神子上はドアノブを回し、ドアを押した。俺は傘を閉じてパッパッと水気を払って中に入った。後ろの変なのもあとに続く。


「お邪魔します……」


 神子上が最初に家に上がった。外の天気がこんなんだから、俺の足は甲から先が水浸し、靴下が濡れたところだけ色が変わっていた。靴下が濡れたままでいいのか少し気になり、玄関から上がるのを躊躇。その隙に後ろの白いのがあっさりと靴を脱いで上がってしまった。


「濡れてても気にしないで。この家には私しか住んでないから」

「お前も一人暮らしやってるのか」


 一人で住むにしてはやたらとバカでかい家だな、おい。俺の住んでるファミリー向けマンションでも十二分の広さがあるってのに。やっぱ上には上がいるね。こりゃ家の管理だけでも大変だろう。家事に追われる苦労を語らういい相手になりそうだ。そんな楽観的なことを考える余裕も生まれてきた俺は、親切に甘えて濡れた靴下のまま上がった。

 家の照明は昼白色の蛍光灯で統一されていた。外が薄暗いせいで、部屋の照明が昼間にもかかわらず妙に主張している。玄関を入って左手側に2階への階段が見えた。2階の電灯は消してあるようで、上は暗くてよく見えない。そのまま廊下を直進するとリビングに入った。

 リビングのガラス戸は女の子らしい柔らかい橙色のカーテンがかかって隠されていた。壁には木製の本棚が一つ、部屋の中心にはテーブルとイス5脚。その奥に地デジに対応してそうな薄型テレビがドンと構えている。不思議なことに、ブランドやメーカー名は載っていない。うむ、ここにもミステリーが。って、これ以上俺に謎を与えないでくれ! タイヤの空気圧と同じく、過剰投与すると頭がパンクする。リビングの風景に奇妙なイチャモンをつけながら、神子上に誘導されてイスに座った。

 それにしても蒸し暑い。この部屋には不思議と扇風機が一つも見当たらない。神子上の生活拠点がここではなく自室だからかもしれない。クーラーはあるが、つけてくれと気軽に言える仲ではない。ましてや電気代のかかるものだ。

 神子上と謎の生命体Aは俺と向かい合うようにして座った。俺の両脇に空いた2つの席を見た。一人暮らしに席は5つもいらない。来客用の予備をとったとしても、2〜3脚が限度だろう。


「神子上、一つ聞いていいか?」

「何?」

「イスが妙に多いが、神子上の家族は5人家族なのか?」


 これは家族用のイスかもしれない。俺の実家は、それこそ地球1周の40分の1もの遥か彼方にある。そのため家族が俺の家に来たことはない。部屋を決めるときも不動産屋で親父と間取りだけ見て決めただけだ。だから俺の家には自分用のくつろぎスペースしかない。彼女も同じ環境とは言えない。家族がちょこちょこ遊びに来ることを考えて置いたと考えるのがセオリーだろう。


「私はずっと一人だから。家族はいないよ」


 これが神子上の答えだった。


「俺が言ってるのは実家の家族のことなんだが……」

「だから、私はずっと一人だからその家族がいないの」

「孤児とか、そういうことか?」


 これはタブーな質問だったのかもしれない。このイスは福祉施設から自立して家を借りる時、十数年の長い空白は空いたけれど、自分の家族が戻ってくる奇跡を信じて、戻ってきたときはいつでも受け入れられるようにイスを多めに置いている————泣ける話じゃねえか!


「このテーブルとイスは最初からあったの」


 フゴッ! おい、感動返せ! 一人で勝手に物語創り上げて感動しているから何とも言えないが、俺の想像を見事一言でこな粉塵にするとは。


「またなんか私、変なこと言った?」

「それどころかナイスな発言だった」


 神子上は不思議そうに首を傾げたが、すぐに元の姿勢にもどって言った。


「私には過去にも現在にも未来にも家族はいないの」

「ちょい待て、それどういうことだよ」


 俺の頭の中で予想している回答が、ことごとく裏切られている。ちょっと調子が狂うな……まず、親なしにして子は生まれない。必ず産みの親がいるはず。少なくとも地球に芽生えた最初の生命以外は。神子上の話だと自分自身がその最初の生命に属するような言い方だ。


「そのことも含めて、話があって今日呼んだの。君は人柄がよさそうだから」


 ……どこが? 神子上の顔についてる2つの眼は義眼じゃないだろうな? こんな口も性格も悪い俺が人柄がいいなんて評価されたら、バグダッドの紛争地帯の人間の評価はどうなっちまうんだよ。

 俺と神子上が活発に会話を交わす一方、白い方は「私、空気になりますっ!」と言わんばかりの存在感の薄さ。視界に入っていても身じろぎひとつしないため、白い壁紙と相まって景色に溶け込んでしまいそうだ。視線も俺を捕捉することなく、どこか遠くの空を見ているような目をしていた。故障したUFOのレッカーを頼むために宇宙と交信しているのかもしれない。

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.51 )
日時: 2012/11/11 00:08
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)
参照: http://m.mitemin.net/image/top/icode/i38521/

(URLは挿絵、というかデジタルデータです。QRコード読取ができる機器で見ると、コウが見た画面と同じような機能が体験できます)

「早速本題に入るね」


 神子上が真剣な表情で切り出した。


「足立くんにお願いがしたいの。難しいかもしれないお願い」

「難しいのはお断りしたいところだな」

「一応最後まで話聞いてくれる?」

「聞いてから考えよう」


 神子上は一息ついて、その「難しいかもしれないお願い」の内容を述べた。


「あなたに私達と友達になってほしいの」

「……たったそんだけか?」


 確かに、「友」を気が合う人間同士の集団を指すものとすれば、難しい願いだろう。しかし、親しい人間同士を指すものとすれば、ただ単に「仲良くしてね」と言っていることになる。後者として捉えれば、拍子抜けした内容のお願いである。


「ただそれだけだったら、わざわざここに呼ばなくてもいいよね。呼んだのには大切な大切な理由があるからなの」

「仲良くしてね程度なら問題ないが、そんな重要度の高いお願いなら受けられるかどうかは分からんぞ」


 ハイリスク・ローリターンなお願いは誰だって乗りたくないだろう。常にギブアンドテイクで動いてるわけじゃないが、例えば「このブレーキの効かないクルマを運転して、時間以内に指定する場所までこの荷物を届けてくれ。時間内に配達できたら10円やる。もしクルマを破損したり配達出来なかったりした場合は一律250万円請求するから」という頼みごとをされたらどうだろうか? 破滅願望のある人間以外、誰も自分からやると手を挙げないだろう。それと同じだ。

 それより実は日曜の昼にいつも見ているテレビ番組があるわざわざ時間を開けて来た俺だが、もうすぐで放送が始まる。ちゃっちゃと話をつけて家に帰りたいのが心情だ。


「何をいきなり言い出すかと思うかもしれないけれど、私と|零雨《レウ》ちゃんは同じなの」

「レウって誰だよ」

「あ、まだこの人の名前知らない?」


 神子上はそういうと隣の白の肩に手を置いた。白は触られても無反応。タカフミという名前はこいつのことだったのか。今まで白だとか白髪宇宙人だとか謎の生命体Aだとか様々な名称を開発しては名付けてきたが、これでやっと落ち着いた名前が呼べそうだ。


「彼女の名前はタカフミ レウ。この前にちょっと話したでしょ?」

「漢字が思い浮かばないな。なんて書くんだ?」

「レウちゃん、教えてあげて」


 それを聞いた彼女は、おもむろに立ち上がって無言のままリビングから出て行ってしまった。


「どこ行ったんだ?」

「紙と書くものを探しに。言葉で説明するのが難しいから。レウちゃんから自己紹介はしてもらわなかったの?」

「全然。説明どころか必要な会話も成り立つかどうか危なかったぞ。というか、なんでお前が俺とタカフミが顔見知りだと知ってるんだよ」

「簡単な話。レウちゃんがあなたのこと話してくれたの」

「俺のこと何て言ったんだ?」


 俺が質問したとき、タカフミが白い紙とボールペンを手に部屋に戻ってきた。席に座るなりカリカリと何かを書く。回の中心を黒く塗りつぶしたものを3つ書くと何やら点を大量に塗り始める。神子上ともそんなタカフミを横から見守る。なあ神子上、俺の質問をそこはかとなくスルーしやがったな。話すのが面倒なのか、それともタカフミにここで本人へ言うのを控えたくなるほどひどい説明されて口にできないのか。出来れば前者であることを願う。まあ、白と相席した時、俺の脳は彼女の強烈な電波をモロに直撃したせいで変調をきたしていたわけだし、変人として認識されていても仕方が無いといえる。神子上の性格がちょっと変わっているのは、俺と同様にしてこいつに徐々に根もとから毒されているからなのかもしれん。まさに変人が変人を生むと言えよう。変人のルーツタカフミ恐るべし。

 1分ほどでタカフミが描いていた謎のイラストができあがった。

 うむ。どう見てもQRコードだ。タカフミがそれを俺の前に滑るように差し出して人差し指でトントンと静かに二回指した。何とかして読み取れこのゲス野郎、ということらしい(9割俺の主観)。当然、その白黒で描かれた「00011011100011101000100100110011000101——」なんていう気が遠くなるコードを肉眼で読み取れる能力を俺は持ち合わせていない。ポケットから携帯電話を引っ張り出し、レンズの焦点をそれに向けた。


「おぉ……」


 携帯電話がそのコードに反応した。これ、デタラメに白黒点打ってるわけじゃなさそうだ。手書きの白黒でも認識するもんなんだな……携帯電話がピッとそれを認識すると連絡先登録画面に飛ばされた。そこには彼女の名前「|嵩文《タカフミ》|零雨《レウ》」と連絡先がメールアドレスのみ記されていた。as2is0176(例の記号)agent.mm.qc。……神子上と同じ通話会社か。


「素晴らしい技だとは思うが、正直あまり使い道なさそうな気がする」


 そう言いつつ登録ボタンを押した。嵩文は俺が携帯電話をしまうのを見るとその紙を手にとって、リビング横のキッチンへと歩いていった。ガスコンロの前で立ち止まる。コンロの一つに火をつけ、紙の端をその火に晒した。


「おい、何してんだよ」


 その声に彼女は首だけこちらを向き、俺と目を合わせた。


「……情報の抹消」


 確かに今のは個人情報だけどな……お前を狙う変態がいれば話は別だが、俺はビリビリに破いて捨てるぐらいで十分だと思う。紙にその火が燃え移ると朱色の炎を上げる。火は加速度的に紙を食いつぶしはじめる。嵩文はそれを確認するとコンロの火を消し、コンロ台に紙を置いた。あんな近くで紙が燃えているのに、それを持つ手は熱くないのだろうか。炎が彼女を朱色に照らし、食パンが焼けたような独特の臭いが部屋の中を漂う。


「それで続きだけどね」


 神子上はそれはそれとして、という語調で話を再開した。


「私と零雨ちゃんが同じであるという件についての話」

「同じ……双子か?」


 俺がそう答えるとまるで予想でもしていたかのように首を横に振った。


「ううん、私達は双子じゃない。それどころか、人間じゃない。もっというなら、物理的な存在、つまり物体でも、エイリアンでも、動物でも、植物でもない。究極的には、私達は本来物理的に存在しない……今ここに存在しているのは仮の姿ということ」

「ふむ。それで?」


 俺がそう答えると神子上はまた不思議そうな顔で俺を見つめた。焼却処分が終わったらしい嵩文は換気扇の電源をつけ、神子上の席の横へ座った。


「私達はシステム。今ここに存在している私達は仮の姿で、真の姿は存在しない。つまり、私達は本来物理的に存在しない」

「なるほど、そういう夢を見たわけだな。で、夢占いができる友達が欲しいと」

「夢じゃないっ!」


 急に神子上がテーブルを激しく叩いて声を張り上げた。突然の豹変に、俺は情けなくも縮み上がる。すると着席早々、嵩文が彼女を制止にかかった。


「……まだ安定していない」

「だって!」


 なんだ、俺は芝居か何かに付き合わされているのか? 俺は目の前でいきなり暴走した神子上を嵩文が制止するという正直ビミョーな茶番劇を繰り広げる中、テーブルの下で携帯電話を展開してネット検索を始めた。えーっと、精神科はこの近所に……あった。語呂合わせのいい電話番号だな、この病院。

Re: マジで俺を巻き込むな!!—計算式の彼女— ( No.52 )
日時: 2012/11/11 00:09
名前: 電式 ◆GmQgWAItL6 (ID: hWSVGTFy)

「ごめんね、足立くん。取り乱しちゃって」

「あ、ああ」


 落ち着きを取り戻した神子上。奇妙な人物に目を付けられたものだ。人生最大のとばっちりである。俺は肘をテーブルにつけて頭を抱えて嘆くしかない。やれやれ。神子上は続ける。


「私達はあなたたちを管理しているの」

「……は?」


 開いた口が閉まらないとは、正に今の俺のことだった。「“私達”は“あなたたち”を管理している」……この家には俺を含め3人しかいないはずだ。“私達”は神子上と嵩文のことだろう。ならば“あなたたち”とは一体誰のことなのか。この家に“あなたたち”の対象になりうる人物は俺しかいない。周囲を見渡してみても、3人以外の第3者が存在する気配は当然感じられない。まさか、俺の両脇のイスのことを指しているんじゃ…………俺の両脇には誰も座っていない。神子上は俺の見えないものを見ているのではないだろうか。彼女の一言で全身に鳥肌が立った。


「さらにいうとあなたはここに存在している。でも、本質的にはあなたは存在していないの。さらにさらに言うとあなたが存在していると思っているこの世界も、本質的には存在していない」

「とどのつまり、何が言いたんだよ」

「あなたの認識している現実は虚実だということ」


 淡々と話す神子上に、若干の哲学エキスが配合された。何なんだこの自称システムは……薄気味悪い。新興宗教のニオイがしてきたんだが、俺は無事家に帰ることができるのだろうか。


「ハハ、訳のわからんことを……そういう冗談は笑えんぞ」

「私は終始マジメに話してるんだけど。本当だよ?」

「その『世界が虚実』というのは何の研究機関の論文なのか、情報元が知りたいんだが」


 どこの教祖様のお告げを聞いてインスパイアされたのやら。ここで自分自身を見失ってはいかん。気を強く持って、この難解な話題をうまく切り抜けなければならない。よく話す神子上と対照的に、嵩文は話すこともせず、じっとしている。


「あなたたちは実験と観測が全てだと思っているみたいだけど、観測から全ての真理を正確に導くことはできない。不可逆なの」


 また出た、あなたたち。文脈から想定するに“あなたたち”は人類を指していると理解しておくのが正解のようだ。さすがマクロの神子上、話すスケールがでかい。


「つまり神様がこの世を創造なすったと?」

「私は神様がこの世界を創ったなんて、一言も言ってないよ。確かに設計者はいるけどね」

「設計者?」

「信じられないでしょうけど、ここはシミュレート空間、つまり仮想空間なの。正確な現在位置は、ステージ番号25、私達はステージ25と呼んでいるの。私達は特殊な権限を持った管理プログラム」


 うむ。まだ話を聞いている途中だが、夢占いの中間結果を発表したいと思う。

 “疲れが溜まっています。しばらく休養を取ったほうがいいでしょう”

 ズバリこれだ。別に占ったわけじゃなく、ただの俺の感想じゃねえかという反論は控えていただきたい。