複雑・ファジー小説

Re: 【1話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【お客様4名来訪!】 ( No.13 )
日時: 2012/05/06 00:24
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)


「一時間前くらいから来てこの子ずーっと食べてるのよ! こんな大食らい見たことないわ! ねぇアリシアちゃん」
「……」
しかし彼の食欲は一向に収まる様子がなく、というかますます加速しているようだ。カウンターに山積みにされている空いた料理のや酒缶は綺麗に食いつされており、残りカスを捨てる必要もない。
「私はここで従業員をやっているものです。とりあえずお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ふが?」
服装もとりわけ派手なわけではなく(どちらかというと髪色の方が派手だ)、良い身分であるそぶりもなかった。(どちらかといえば育ち悪そうだ)
勘定が心配であるため、今のうちに身柄を確保して置いた方が良いだろう。
「あの〜……」
「あ? にゃまえ?」
エビをふんだんに使用したチーズグラタンを大きく頬張りながら少年は振り返る。喋るたびに咀嚼中のアレが口から飛び出してきたため、彼女は半歩後ろに飛び退いた。
「悪りィ今食事中だから後にして!」
貴方の顔には謝罪の意など1ミクロンも映っていませんよという言葉を無理に飲み下し引きつった笑みを浮かべてやると彼はそれを了承と汲んだらしい。再び食事が再開された。

それから半刻程経つとようやく少年の腹も落ち着いてきたようである。その上店内の食物も枯渇しかけてきたのには彼も感づくことができたらしく、デザートのシェリー酒に浮かんだサクランボを口に放り込みごちそうさまと手を合わせた。
「僕お酒飲むと性格変わっちゃうんですよ。さっきは粗暴な言動をしてしまい申し訳ないです」
案外ちゃんとしたとこあるじゃんと感心する彼女の気持ちに気づいたのか彼は笑顔でそういった。

「あ、お金どの位かかりました?」
「え……と、十二万……です」
「へ〜」
巨大な額に驚く様子もなく自身のコートのポケットを漁り出す。
「やばい財布落とした!」
「「嘘でしょーっ!」」
「嘘ですよ」
変わらぬ表情で少年が取り出したのは一枚のカード。
「ここから引き出して下さいね♪」
黒地に銀の十字が彫られたシックな柄だ。
“ 世界十三聖使徒教団本部 ”

「貴方……何者なの?」

問いには答えずがたんと椅子を引いて彼は立ち上がる。
「貴女に……覚悟は有りませんよね?」
「……?」
一瞬言葉に詰まったアリシアを見て少年はにっこりと笑った。換気口から差し込む太陽の光を背に受け影となった金の右目。それが闇色に淀んで見えるのはもしかして自分だけなのであろうかと彼女の思考はぐるぐると巡る。

「んじゃ、お料理ご馳走様でした。またいつか会えたらいいですね」
黒いコートを翻し歩き出した彼。
胸元からチラリと覗く銀色の十字架には見覚えがあって。
「まさか……あの子がそんなわけ……!」
『俺は戦うために生まれたんだ。いつか十三聖使徒まで登りつめてやる』
脳裏に浮かぶ亡くした声を振り払い少年に向かって手を伸ばす。

『お兄ちゃん……待って!』
あの時と、同じ。

彼は振り返らない。
バタンという音を立て、冷たい扉は無慈悲に閉じた。