複雑・ファジー小説
- Re: 【3話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【参照100突破!】 ( No.20 )
- 日時: 2012/05/08 23:06
- 名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)
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モーセ。旧約聖書『出エジプト記』において奴隷の民らを率い、エジプトの地から導き出した聖人である。海を割り、十戒をつくったことで有名だ。十戒とは神が民衆達に定めた十つの誓約。
わたしのほかに神があってはならない。
あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
あなたの父母を敬え。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人に関して偽証してはならない。
隣人の妻を欲してはならない。
隣人の財産を欲してはならない。
「ついたわ、此処よ」
白く大きな教会に掲げられた十字架にそっと触れる。金属独特のにおいだ。
「これは……—— 金ですか?」
「正解、御子が民から徴収なさったのです」
聖書ではキリストを御子と呼ぶことが多い。しかし今の時代に生身の人間であるそれは存在しないのだ。
「御子とは……?」
「バルボラ様の実の息子、神の代理人・デーテモ様のことよ」
その教会らしき建物は全てが大理石と金で作られている。光を浴びて鈍く光る扉をそっと押して中に入った。
「これは……——!!」
さまざまな動物をかたどった黄金で製造された像。広い部屋の中、貧しき者も富める者も等しく一心不乱になってそれに手を合わせている。
像の前に供えられているのは大小様々な宝石や砂金、焼き尽くす捧げ物の香物や白鳩。
“あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。”
偶像崇拝を禁止する、十戒の第二条だ。
これは本当にキリスト教なのか——?
「やぁアリシア。君は本当に信心深いね」
奥へと続く扉が開き中から出てきたのは初老の男性だった。
「あ、こんにちは。ほらこの方がデーテモ様よ!」
そっと目線を上げる。
貼りついたような人の良さそうな笑顔が気持ち悪い。神父の正式な格好の上をジャラジャラとダイヤモンドで飾り立てにんまりと頬を緩ます小太りの男。
「君は、新しい信者かね?」
——吐き気がした。
◆◇
「さぁ皆さん。そろそろ御業の時間ですよ。」
デーテモがパンパンと手を叩く。
「本当ですか?」
「またアレを見せていただけるのですか!?」
ざわめき始めた周りを見て少年は首をかしげた。信者達の目の下には黒い隈がありありとかたちどられていて気味が悪い。高貴な成りをした夫人も長い髪を振り乱して顔をあげる。
「今からデーテモ様がバルボラ様の御力を借りて奇跡の御業を行ってくれるのよ」
説明するアリシアの目もらんらんと輝いていた。動揺を隠せない少年の手をとり信者達の後に続く。振り返れば背後で重たい扉の鍵をかけるデーテモの姿が目に入った。
何の為に? ただの礼拝ならば鍵はかけないはずだ。何か見られたくないものでもあるのか……?
地下の講堂は全て黒いカーテンで外の光を遮断しており音も光も入らない。コツコツという靴音だけが辺りに反響し耳に残る。
「何だこれは……?」
舞台の上に備えられた白い大理石の台。普段は子羊を屠るために使われるのだが今は風習が廃れてしまった為、あまり使用しないものだ。
台に直接描かれた魔方陣の上に横たわっていたのは合成獣の死体と麻酔を打たれ眠る一人の幼女。
「この下衆め——っ!」
少年の呟きは誰にも届かない。