複雑・ファジー小説

Re: 【4話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【参照100突破!】 ( No.22 )
日時: 2012/05/12 21:00
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)



「皆さん、本日はわざわざお集まり頂きありがとうございました」
デーテモはその人の良さそうな笑みを浮かべながら太った体をそっと揺らした。
「さぁ、奇跡の御業の時間です」

舞台の上をオレンジ色のライトが照らす。何度見てもこれを肯定することは精神的に不可能だった。デーテモが構えたナイフが勢い良く振り下ろされる。

ああ、逃げてしまいたい。耳を塞いで眼を瞑ってこの場から溶けて消えてしまいたい。でも駄目だ。お兄ちゃんのために私はどんなことでも耐えると決めたから。アリシアはそっと額の汗を拭う。

「……っはぁ! ……っはっ……ぇう……っ!」
最前列から聞こえてくる嘔吐音。我慢出来なかったのだろう。一人の女性が泣きじゃくりながら立ち上がった。
「私はもう無理です……! こんなに幼い子供を……もう耐えられない!」
ぎょろりと見開かれた大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちるのが見える。まだこの人は自分を失っていないんだな。
でも、踏み入ればもう戻れないのに。
「そうですか」
デーテモの微笑は崩れない。
「今更亡き娘さんを裏切るのですか? こんな小娘のために血を分けた愛しい愛しい娘を見捨てるのですか?」
「…………」
沈黙を肯定と取り彼は続ける。
「この実験をバラされるといけないのでね。死んで頂きますよ貴女には」
「うっ……!」


悲劇は一瞬。破裂する銃声。デーテモは御業とは言わなかった。実験と、そう言ったのだ。

「大丈夫ですか?」
隣に座る少年がそっと汗ばむ掌を握ってくれた。この惨状を見て息一つ乱さないとは。改めてアリシアは彼を密かに尊敬する。
そんな彼女の意図を見抜いたのかは分からない。
「地獄ならとうに見ましたから」
そう言って少年は金の右目を静かに細める。

◆◇

気分が悪い。少年はただ一つそう思った。
「アハッ……アハぁ……んアハハハハっ!」
眠る幼女の浅黒いはらわたを狂気を帯びた表情で抉る自称神父の姿は気持ちよく見ていられるものではない。恐らくこいつはーー。

「人体蘇生です」
デーテモの目がきしりと締まる。獣じみた強烈な血の匂いに、隣に座る少女アリシアは何度も気を失いかけていた。しかしなぜ何度も立ち上がるのか。
目をしかと見開き目の前の惨状を網膜に刻むかのように。
「大丈夫ですか?」
汗ばんだ掌を握る。熱い。
先ほど一人の女性が撃ち殺された。それを見てもまだ意識を保てるとは。
「意志が固いのですね」
「当然よ……。お兄ちゃんは私が殺した。その償いのためなら私はなんだって……!」

お兄ちゃんの為に、か。
確固たる決意を秘めたその瞳、何処かで見たことがある。
「アレン=デュークか……?」
人体蘇生。死んだ自分の直属の部下。お兄ちゃん。送り出す妹。
「出ましたアストラル〜」
「!?」
全てのピースが今繋がった。

「今からこの死んだ合成獣を太陽神バルボラの聖なる右手の名におきて、」
手に握られた小刀の形をした “第二の心臓” を高く高く振り上げて。
「この場で蘇生致します。アストラルトランセスタ黒ーー。発動!!」
合成獣の下の魔方陣とその手に収められたアストラルが大きく共鳴し、白い閃光が合成獣を包む。


「素晴らしい、詠唱を破棄してこの結果とは……!」
光が晴れる。
「凄い……」
「成功した……!」

再び生命を体に宿し、場を雄々と歩き回る合成獣の姿がそこにあった。