複雑・ファジー小説

Re: 聖使徒サイモンの巡礼 ( No.4 )
日時: 2012/06/01 22:51
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=25620

 プロローグ 


人の一歩一歩を定めるのは主である。
人は自らの道について何を理解しているのであろうか。

赤々と燃え盛る炎。
火に飲み込まれていく周囲の家。

「早く逃げるんだ! 全員無事か!?」
「いいえ、教会の中にまだ人がいるわ!!」


ドンドンと壁を叩く音がする。
自分達が逃げるのを催促しているのだろう。
少年は涙を流しながらそんなことを思った。

「サウル! 何で逃げないの!? ねぇ!」
「……こっちにおいで」
父の白い手が頬に触れる。長き年月が刻まれた大きな手のひら。
この手のおかげで自分はここまで生きてこれた。

「どうか……世界を、神を恨まないで欲しい。お前は愛されるため生まれた。お前は強い。お前は美しい。」
「何……言ってるの……?」
落ちてきた大きな聖火台に潰されて父は今動けないでいる。
運が悪ければ背骨が折れてしまっているはずだ。
でも彼は笑っている。心から、幸せそうに。

「お前は私の正当な後継者。私の持てる技術は全て教えたはずだ。だから———— 」

彼は少年の手をとり軽く口づけた。

「主イエスよ、貴方の聖なる使徒ユダの末裔の名においてこの少年に私の聖十字架クロス・オブ・シュロスを継承します」
「!?」
繋いだ左手に熱がともる。

「お前は一族の名を受けついた正式な私の息子だ。これから辛いことも悲しみに暮れるようなこともたくさんあるだろう。でも希望を捨てないで。そしていつか私の果たせなかったことを成し遂げて欲しい。バベルストーンを、世界を一つに……!」


それが父を見た最後だった。

故意か偶然かは分からない。
天井に吊るされていた大きな十字架。支えるロープが音を立てて千切れる。
脳天を貫通したそれは一瞬にして彼の鮮血で赤く染まった。
「うわぁぁぁあぁぁああああぁぁぁぁあ」


《 神はこれをも巡り合わせと呼称するのか。零章零節、完 》