複雑・ファジー小説

Re: 【14話更新!】聖使徒サイモンの巡礼【キャラ絵うp2!!】 ( No.52 )
日時: 2012/06/04 18:21
名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)

15

「もう大丈夫だ」
サイモン……いやファストはにっこりと笑った。初夏とはいえ日が暮れるのは早く、辺りはもう薄闇色に染まっている。じんわりと熱い身体に冷んやりとした風が緩やかに吹き付け、アリシアの髪はふわりと靡いた。

「ありがとう」

雲の隙間から覗く細い月の光を赤く反射するファストの左眼。美しい。
きっと魔法を使う姿はデーテモなんかよりもずっとずっと綺麗で神々しいのであろう。
早く、早く。
彼女はその時を待っていた。


「そろそろ……やってよ」
「何を?」
聞き返すファストに彼女は不満そうな声で囁く。

「やってくれるんでしょ? 人体蘇生」
「えーーーー」

少年の両眼が大きく見開かれ、無邪気な表情のアリシアを捉える。否、……無邪気と表しても良いのだろうか? 虚ろに亡き兄の生だけを追い求めるこの姿を。ただ此処に悪意は無いのだ。

「お前……どうして、俺はお前を幸せにするって……」
「えぇ!? お兄ちゃんを蘇らせてまた二人で幸福な生活が送れるようにしてくれるんじゃなかったの?」
「…………そんな悲しいことって」

ファストはため息をつく。自分じゃどうにでも出来ないことだ。頭の良いセロだって、アリシアの幸せの価値観を変えることは難しいだろう。

それ程に彼女は脆く弱い。

「お兄ちゃんは戻ってこないの? お兄ちゃんは誰にも、誰にも……っ!」
夜空を見上げ大声で泣き喚く。
鳴呼、なんて脆弱で孤高な魂。この子は弱過ぎるのだ。

「それじゃあ生きていけない……」
ファストは呟く。彼女はどうやら自分を、デーテモを倒し兄を復活させてくれる存在だと誤認していたようで。

『安心して。貴女は必ず幸せになる。貴女は強い。貴女は美しい。だから……どうか神を恨まないで』

思い出す。
ーー俺はアリシアにそう説いた。約束くらい守れなくてどうする。


「アリシア……お前、強くなれ!!」

思考よりも先に身体が先に動いた。泣きじゃくる少女の肩をそっと抱きしめ、ファストは叫ぶ。

「俺はもう次の街に行かなきゃいけない。なのにお前は虚弱な心のまま毎日変わらず過ごしているんだ」
あまりの剣幕に驚いたのか、周りのざわめきさえも急速に落ち着いてゆく。

「お前は弱い。これじゃあ俺安心して行けないよ。お願いだから前を向いてくれ」
「前……を……?」
「そうだ」

こういうことは苦手だ。所詮は元々闘う為に生み出され、能力から派生しただけの悪魔人格。人の気持ちなんて分からない。でもーー。


「過去を振り返るな! お前は兄を愛して、でももう愛せないところにいることを認めるんだ! 兄よりも重要な存在を見つけろ! 兄より愛せる存在を探し出せ!」
「…………」
「じゃあな」


辛かった。
彼女を結局兄の呪縛から解き放ってやることができなかった。
唇を噛みしめるとじわりと鉄の味が滲む。

約束したのに。


「幸せにできなくて……ごめん」

今アリシアはどんな顔をしているのだろうか。兄を失い、悪人に騙され、希望も砕かれ。彼女はとっても不幸だ。


「ごめん……」
「謝らないでよ」

振り返る。
アリシアの涙の跡は消えていた。

「ありがとう。こんなに私に関わってくれたのなんてサイモン君が初めてだよ。町の人たちは優しかったけど、腫れ物に触るような目で私を憐れんだ。親身になってくれて本当に嬉しかった」

弾けるような、笑顔。

「私、前をみるよ。今まで死んだお兄ちゃんのために生きてきてた。幸せは一つだと、思い込んでた」
満天の星空の下、立ち上がる彼女。こんなに綺麗に笑うところは初めて見る。

「この一つ一つの時の流れの中にも沢山の幸福は転がってるよ。ほら、今だって大切な人と並んで星を見れた。私は幸せだ」

アリシアの瞳に映る夜空。宝石を散りばめたようなそれから、人筋の雫が垂れて。
これは……涙?

「お願い……。もう一人の君にもお礼を言っておいてね。最初のサイモン君は私を見つけてくれた。貴方は私を救ってくれた。二人とも、すごく感謝してるから」

「ああ」
細い手のひらが少年のそれをそっと包む。


「私は……貴方のことがーーーー」



「よっし」


足に力をいれ立ち上がった。
「俺……そろそろ行くよ」

黒いコートを羽織り靴紐をしっかりと結ぶ。出立の準備は出来ていた。

「楽しかったよアリシア。二日間どうもありがとう」

「…………、こちらこそ」


何を言ったらいいのか解らない。風の流れる方角に向かい、どこへとも歩き出す。方角は暗くてよく解らない。
夜が明けてからでも確認すれば良い。


「サイモン君ーー」

今度は振り返らないことに決めた。
俺も前に進むから。


「君に出会えて……本当に良かった!」



銀の十字が鈍い光を放つ。
木々のざわめきと分厚い雲が作り出した濃闇に、彼の姿は揺らめき、溶けて消えた。



《 人の出会いと別れとはこうも儚い物なのか。聖使徒サイモンの巡礼 一章全十五節、完 》