複雑・ファジー小説
- Re: 【第二章始動!】聖使徒サイモンの巡礼【参照400突破!!】 ( No.63 )
- 日時: 2012/06/18 17:44
- 名前: 茜崎あんず (ID: 92VmeC1z)
第二章 聖使徒サイモンの救済
1
目の前の男の高く束ねた黒髪が揺れた。
「ティアさん、どうかなさったのですか?」
「……いや別に。どうってことないから大丈夫よ」
なら良いです、と優しく微笑む神田を見ていると、自然に心のわだかまりなどが緩々と綻びていく気がする。彼の名前は神田留架(カンダ ルカ)。十三聖使徒『第9番目の執筆者』だ。
此処神聖エルサレム王国とは違い、彼の出身地である大和帝国は物資の乏しい島国。しかし神田はその苦労を見せずいつも呑気に笑っている。
「そういうところが一緒に過ごしていて楽なのよねぇ」
少女は窓の外を眺め小さく呟いた。
「あの…………」
ふと前を見ると黒曜石のように光る瞳が目の前にある。
「!!!? 留架君近い近い近い」
「ああすみません。ティアさん外見てぼぉっとなさってたんで平気かなと……」
惹かれているわけではないのだが、あれだけ整った顔立ちが眼前に突然現れたらそりゃあ驚くだろう。これだから天然美形は困る。
「なーんか嫌な予感がするんだよねぇ」
考えていた小言を心に押し込め彼女はそう零した。
「どういうことだ?」
食いついてきたのはバルト=シュヴァルツ、『第8番目の狩猟人』。固めたオールバックの金髪を撫で付ける仕草の後コーヒーを飲み干す。彼はその生真面目な性格が災いし面倒事や変わり者などがよってくる体質のため、災難はもう懲り懲りだといった様子だ。
「だってこんなに遅れるっておかしいわよ。私ちゃんと1時頃にホルマ地区三番街の喫茶店に待ち合わせって言ったからね!」
「確かにユダ君……遅いですね」
ハーブティーを啜り、神田も続く。
「また何かに巻き込まれてるんじゃないか? 彼奴、上からの任務も課せられてたんだろ?」
「どこでしたっけ、彼の担当地区からここまでのルート上にある町のゴタゴタを解決しろってやつ」
「ナザレよ。似非神父の。あーめんどくさい!」
もうすぐ聖使徒集会が行われる為、東西南北各地方に散らばる彼らは本部まで召集を受けていた。危険を避けるため聖使徒達は地域ごとに集まって国の中心へと向かうことになっているのだが……。
「サイモンが来ない!」
『13番目の裏切者』のアイツがいつまでたっても来ないのだ。
十三聖使徒『12番目の代理人』ティア=ミシェルはマグカップを机に叩きつけ、怒りを込めたため息を吐く。
その時だった。
「二番街のガラスが割れたぞ!」
「危ない!」
三人の耳に飛び込んでくる喧騒。聞き覚えのある少年の叫び声。
「こらぁあぁぁぁ、糞餓鬼金払え!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁああぁあぁ」
人影はティア達の居る喫茶店に、窓を突き破って侵入する。続いてやって来るはコック帽をかぶったレストランのシェフらしき人物。包丁を握りしめご立腹のようだ。
「……何よ」
ティアに向かい無言で手を差し出す。
「…………悪りィ。金貸してくれ」
彼女の手中でカップの取っ手が凄い音で砕けて。
「馬鹿」
静まりかえる他の客の存在を気にも留めず、ティアは容赦なく少年に割れた破片を投げつけた。